憲法手帳雑記 2005年7月   
◆7月31日(日)
 
Nさんのお宅におじゃまする。自分史がいよいよ校了。お連れあいがとても優しい方で、前回伺ったときのふとした雑談もちゃんと心に留めていて下さる。それは娘の「風水」のことであったが、近所でなんだか怪しげなものを配って歩いている、いやですねえ、直接関係ないかもしれませんけどね、と。ああ、そうですね、気をつけてみていてやります。と答える。岡山ご出身の方で、到来物の桃とマスカットをいただく。うんざりするここのところの暑さ、でも、そう10日もすれば秋の空になる。来月からまたがんばろう。冷えた果物が抱えた腕に心地よかった。
トップページをご覧になったSさん、メール下さる。それが嬉しい。いろいろ想いが先立ち、説明不足になりがちです。みなさん、なんでも教えてください。また、来月も、多くの場でお会いしましょう。
◆7月30日(土)
 9条の会有明講演会は9500名の参加のもと大成功であった。 
 昨日の集会とデモ、あれだけ公安他動員し、税金を使って、右翼も大騒ぎして、マスコミはただの一社もとりあげないんだな。
◆7月29日(金)
 
都教委包囲ネットの主催で集会、新宿柏木公園から都庁までデモ。集会の方は参加者もまばらなうちから私服・制服とりまぜて100人ほども。手に手に手帳やカメラを持って待機している。集会が始まると右翼街宣車が公園のまわりをぐるぐる周りながらスピーカーでがなりたてる。「日の丸・君が代」に反対なら、おまえ等日本を出ていけ〜、この騒音、我慢の限界を超えるものだが、公安も知らんぷりだ。都庁では別働隊が要請行動。都庁前でドッキングする。シュプレヒコールもデモ行進中は「強制、反対」「処分、撤回」を延々と。都庁前では「つくる会教科書採択弾劾!」の声ひときわ大きくなる。公園の木陰に入ると、一気に汗が噴き出した。ピアノ裁判の福岡さんに、ちらっと手帳にはさんだ彼女ら音楽教員のコンサートのチケットを示すと、いまチラシを渡そうと思ってたの、と。
◆7月27日(水)
 明日28日、東京都の教科書採択。 昨年は8月だった採択を1ヶ月繰り上げて、しかも緊急の(26日)告知である。このところ連日のように他地区の情報が寄せられていたが、 大田原市が採択して以降あとに続くところがないので、東京都がテコ入れを狙って日程を早めたという話である。東京都は4年前、都立養護学校で「つくる会」教科書を採択し、その後この教科書を使用しなかったとして処分者まで出している。昨年は新設された都立白鴎付属中学で採択された。今年は養護学校、白鴎中学及び新設される3校(小石川・両国・都立大付属)の都立中学で使用する教科書の採択をする。
 それにしても時間がない。「つくる会」側の一貫したこの手法に打つ手はないのだろうか。私たちは教育委員会にに抗議のメールを送ったりするしか方法はないのだろうか。
◆7月19日(火)
 土曜日(16日)のブレーミアの東京ライブは大成功。今まで、特定のグループにのめり込むことはなかっただけに、1年経って、ひとまわり輝きを増した彼女、彼等の演奏に接して、感動この上ない。最後の「バラ」では、知らず涙腺が緩んだ。
 今朝は仕事上のことと、藤田裁判傍聴の予定が重なって、ばたばたした。結局、昨日一日がかりで整えた配布資料だけ地裁前仮設事務局に届けてトンボ帰り。ドン西川のお連れあいの短パン姿を見ちゃった。最初から傍聴しない、つもり、みたい。地下鉄の入り口で鉄建公団訴訟原告団が団長以下ビラまきをしていた。ついでに昨日からの日教組大会で、三宅坂の警備体制は厳重だったが、この警備が、組合員に対しても配置されたものであったことが昨夜MLなどで知らせが入っていた。大変ショックだ。暑い夏が進行している。3年前のあの蝉しぐれの中の国労大会を思い出した。
◆7月13日(水)
 ついに採択。教育委員会につくる会が入り込んでという布石をあちこちの自治体で許しているのが、だんだんはっきりと見えてきている。
 大先輩の佐藤貞子さん、昨未明、逝く。享年82歳。入院されるまで、一緒になって学習会にも出られていたし、よく電話も下さった。手紙でもいつも励ましていただいた。明るいきれいな声で話をされた。いつも、誉めていただいた。いつも見て下さっていた。書いたり、言ったり、やったりしたことの感想を下さった。ありがとうございました。お疲れさまでした。元教員。新社会党社会保障委員長。東村山市会議員2期つとめられた。
◆7月12日(火)
 教科書採択問題。栃木大田原市教育委員会で扶桑社教科書採択のもよう。でも、教育委員の一人が外国へ行っているとかで、時間稼ぎができるのかどうか、という。
◆7月11日(月)
 データ入力に追われる。へえ、と思ったのが、娘の風水。なにやら玄関の片づけがはじまり、えっ、盛り塩まで! と驚きながらみていたのがつい先日。仕事の帰りに娘、なにやら得意げである。聞けば職場の人たちと買っているナンバーズ(宝くじ)、早速当たったのだと。1万円以上だというから、玄関掃除のご褒美としちゃ大したもの。しばらく、自宅の玄関はぴっかぴかが保たれるのだろうな。嬉しい限りである。
◆7月10日(日)
 下版二点。
◆7月9日(土)
 筑紫建彦著『「改憲国民投票法」なんていらない[徹底解明]「改憲手続き法案」の問題点と批判」を読む。一生懸命読む。発行=憲法を生かす会東京、40頁、200円。
◆7月8日(金)
 夜、飯田橋の会場で会議。講師の話が15分くらい経過したところで、自分の上体がぐらり。
気がつくとあっちでもこっちでもぐらっ、ぐらっ…。労働者は必死よねえ。もっともこんな状態でも憲法改悪阻止の論議ずいぶん煮詰まってきたよな、って思えるんだから、労働者ってのはいい加減よね、おっと、私だけか、いい加減なのは。明日はこの会議、朝から。発言の準備をしなくっちゃ。いよいよ来週だな。ブレーミアのライブ。本当にすてきなんですから。私の時間もとってくださっているとのこと。この場合、ブレーミア的なものにするか、ぜんぜん異色のものにするか、悩みどころです。でも、私は、縁結びの神となった神奈川のYAさんと今度こそ会えるのが嬉しくてならない。偶然知りあったNSさんは憲法24条キャンペーンなんかでがんばっていて、彼女が私のHPでこの歌声は!って気がつくほどブレーミアのTさんと知り合いで、やだ、ブレーミア、ごめんね! 私は、ブレーミアのまねは出来ないんだし、この目に見えたものを私らしく歌わせてもらおうっと。
◆7月7日(木)
 高校の広報のお仕事。PTAの広報づくりも結構苦労が多いのです。私の、じゃなくて、担当者の。自分も小学校、中学校、高校とPTAの役員つづきでしたからよーくわかります。特に広報は誰もやりたがりません。で、今、お仕事がいただけているのは、その大変さがわかる印刷屋さんだからってところでしょうか。
◆7月6日(水)
 昨夜、某通信のゲラを画像でメールに貼り付けて事務局メンバーに送り、訂正をすませて朝から印刷にかかる。前回、私のミスがあって、しかも肝心の日程のところだったから、訂正葉書を出すやらで、我が親愛なるドン(この方女性)に大変なご苦労をかけてしまった。さすがに今回は気をつけた。で、夜、仕事が終えてメンバーがこのボロ小屋に集まって作業。ちょっと面白かったのは、セロテープで封をするのが、案外大変そうなこと。指にまきつけてぺたぺたしながら広げているのが、なんとも言えず。封をしてから、あら、これ、入ってないわ、などなど。うちの事務所の近くに日本酒のスタンドバーが出来たんだが、ここで一杯引っかけて帰る女性もいて。ほんとにお疲れさま。なのに私は、みんなが帰ったころを見計らって、秋口に独自のシンポジウムかなにか出来ないでしょうか、というメール入れちゃった。そしたら、ドンから、今までみんな駆け足だった。少しきめ細かな事務局会議をやってほしい。その中で、この提案も話されて欲しい、と。立派な人たちだ。郷子さんも、節子さんも、恵美子さんも、洋子さんも。石頭さんはこの夏は、再発防止研修の対象者。裁判と、自分のことと、大変だったろうなあ。遠方からだったのに前回、ここに辿りつけなかったFさんは今日は早くから姿を見せてくださって、セロテープや糊と格闘しながら、落ち着いた口調でおしゃべりに参加していらっしゃった。
◆7月5日(火)
 雨があがるや、体のまわりに熱い蒸気がまつわりつく。夏らしくて好きなんだが。
◆7月4日(月)
 朝、7時からフル稼働だ。スキャナーで写真を100点近く取り込みながら、プリンターの1で300ページほどの出力をしつつ、FAXでゲラを送り、なおかつプリンターの2でカラーの出力をし、データを排出し終わったところでプリンターの3に切り替えちょっとしたニュースの印刷にかかる。周辺機器が合奏していると、妙に興奮する。今日は女子医大の予約が12時からだったので、午前中にあげておかねばならない作業だった。主治医に「お疲れでしたでしょう」と言われる。「精神的に」と答える。選挙が終わると、この主治医は必ずいたわってくださる。 
◆7月3日(日)
 都議選の結果については、個人的につながる方々とのMLなどで私なりの分析と見解をお伝えした。極めて強い閉塞状況がこの板橋をも例外なく覆っていることは明らかである。それをうち破る方法についての議論は、もう一度一からやり直さねばならないだろう。唯一、この板橋で各地で吹いた民主風が、さほどではなかったことは注目してよい。民主新人の熊木某が当選したのは民主だから、ではないのだし、自民のベテランの自沈に助けられたものである。
◆7月2日(土)
 大阪経済法科大学教授 澤野義一先生の論文『憲法情勢を概観する』を読む。澤野先生には京都ではじめてお目にかかる。うまく言えないが、すてきな学者らしい学者である。
 午後、高校のPTA広報の入稿。夕方、Sさん夫妻が教科書の展示場の帰り、事務所に立ち寄ってくれる。夜、原稿の受け取り、お客様が池袋・改札まで来てくれる。気が乗ったので、戻ってそのまま原稿を開き、入力をすませる。一万字。文字通り、朝飯前ならぬ、あれ?、なんだ、ただの夜業。今25時丁度。今日はレポートは書きません。ただ「国家・憲法」観の揺らぎが決定的なんだ、ここをどうとりかえすのか…。
◆7月1日(金)
 名古屋大学教授 浦部法穂 論文『憲法を考える−憲法制定権力と憲法改正権』を読む。一に、近時の「改憲」論が、憲法の国権制限規範としての働きを無視し、「…国家と国民とが協力しあいながら共生社会をつくることを定めたルール」としての側面をアピールすることが重要と主張していること。「国家と国民の共生」という表現は、「国家」と「国民」を別個のものとすることが前提だ。「国民主権」の原理に基づけば、「国民」こそが「国家」の主人公である。つまり、憲法を「国家」から「国民」に対して向けられた法規として位置づけているのである。これは自民党のみならず、民主党憲法調査会「中間報告」でも、同様の記述がある。二に、国民に対置された「国家」とは、端的に「権力」以外のなにものでもない。すると「国民」と「権力」の共生とは「国民」は「権力の座にある者」に対して対立的にならずに協調すべきだ、ということになる。しかし、自民・民主にしても、大日本帝国憲法のような「欽定憲法」復活を唱えてはいない。だからこそ、矛盾している。つまり、彼らの望む憲法を作る主体=「憲法制定権力」のありかである。日本国憲法ではもちろんこの権力は「国民」にあることを前提にしている。この前提を動かさずに、「国民」より一段上にたつ者が「国民」に対して発する憲法を構想することは論理的に破綻する。三に、もしかしたら、自民・民主の両院議員たちは憲法を作る主体は国会議員だと思い込んでいるのではないかとする。「改憲」は現行憲法の改正手続きによることを念頭に置いているからである。国会が発議する「改正」案の原案として提示されているからである。「国民の代表」は「国民」の名において多くのことをなせるが、憲法の変更に関しては「改正」の「発議」だけである。ここが大事だと思うが、憲法は「改正権」を憲法制定権者である「国民」自身の手に留保し、「国民の代表」に委ねてはいない、ということである。国会議員たちが、みずからを憲法を作る主体であるかのように位置づけ、そのような内容の憲法に変えようとすることは「国民の代表」による「国民」の憲法制定権の簒奪(=非合法的な権力簒奪=クーデターないし「反革命」の企て)である。四に憲法「改正」と「新憲法制定」は異なる。国会が「新憲法制定」も「改正」であるとして憲法九六条の規定に従って「新憲法制定」を発議するようなことがあれば、明確な重大な違憲行為だ。五に、いまの日本で、新憲法制定を必要とするような政治体制の大きな変動がはたしてあるのか、或いは、政治体制の大きな変動を企てている人々がいるのか。今の日本では後者以外にない。きわめて意図的に日本国憲法体制の転覆が企てられている。六に、そのターゲットは言うまでもない「平和主義」である。結論的に、米国の世界支配戦略の中での「国際社会」だけではない。むしろこんにちの国際社会では安全保障の問題をとっても「国家」のそれではなく「人間の安全保障」として考える議論が起こっている。安全保障問題の中心課題は「恐怖からの」「欠乏からの」自由を保障すること、日本国憲法の前文に呼応する。
日本国憲法は、いまの国際社会の動きの中で、あらためて安全保障問題をも考える国際的な指針となりうる。
 以上、日記でレポートしてしまった。 
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