憲法手帳雑記 2005年9月   
◆9月27日(火)
 今日、文京高校での退学処分取消を求める裁判で「棄却」の判決。少しずつ少しずつ支援の輪を広げながら、体を張って闘い続けてきたご両親の気持ちを思うととても残念。大勢の方が、判決後の報告会に集い、弁護士の説明を聞いた。その時点ではまだ判決文のコピーは配布されておらず、弁護士さんの話しか頭に残っていないが、一番つらい部分は、事実認定におけるさまざまな証言が生かされず、初めから校長の姿勢を裁判所が認めるところから出発しているように思えること。いきなり退学処分となる以前にもっと緩和措置というのだろうか、段階的措置というのがとられなかったのは何故かということ、全面的に校長の裁量権を認めていることなどが疑問である。
 裁判の内容は残念だったが、裁判所というところがこんなに人々の集まるところとは…。今日は地裁の門前では大気汚染の裁判の人たちや、今の民事裁判の実態を訴える方の本の宣伝や、地裁の中もごったがえしている。これは異様な雰囲気でさえある。そしてそのような中で606号法廷の傍聴に参加した方とは、それだけで、なにか深い縁を感じてしまうではないか。まあ、変なところである。Hさんと久しぶりに会えたのもそのような中でのこと。思わず、腕に手をかけて顔を覗き込む。彼女もパアーッと笑顔を広げてくれる。都議選以来のいろいろなわだかまりがさーっと解けるのを感じたのは言うまでもない。30分ほど弁護士会館のロビーで話す。Sさんと終わったら話しましょうと言っていたのを反故にしたことになってしまったが…。Sさんには電話で謝る。
 夜、藤田さんの会と板橋の憲法を生かす会。両方とも大事な局面。
◆9月26日(月)
 板橋区には多くの集会所があるが、まったく不便である。インターネットで仮予約がすんなり出来ない。仕方がないから、仕事を途中で放り出して窓口に行けば、まず、何の用件で来たのかの受付を済ませないといけなくなったのだという。今までは施設利用のテーブルに直接行けば良かった。待たせる。平気で待たせる。挙げ句に、二日前に予約が入っていないと使用できないという。空いているのに! 集会所への連絡があるのでという。こんなものFAXや電話で連絡できるではないか。今日は月曜日。木曜日の夜インターネットで空いているのを確認したのよ、金曜日は祝日だったでしょう、そして土・日。それでも駄目なの? すみません駄目なんですという。用件を集中し、順番に利用者を呼んで処理する、職員全員が当たるつもりのようだが、それには、職員が全員なんでもできなければならないだろう。なのに、施設利用システムを熟知していない方がパソコンを覗き込んで、他の職員にこれどうなっているのなどと聞いている。こんな仕事の仕方をさせられていると、どんどん職員が減らされちゃうよ、ますます大変になるのよ!つまり、誰もがどの仕事もできるようにしようなどとなれば、そのように窓口業務が集積させられれば、一人あたり件数などということになるだろう。それが基礎になって余剰人員というのが生み出されるのだろうと思うのだが。
◆9月25日(日)
 東京新聞訃報欄に飯沼二郎さん(京都大名誉教授、農業経済学)の記事あり。亡くなられたのは昨日、87歳。農業基本法以来の農業政策を「経済優先」と批判し、小型複合農業の復活を提唱された。1965年、京都ベ平連を結成された。在日韓国・朝鮮人の人権運動、「日の丸、君が代」の教育現場への強制に反対する運動の先頭にたち、京都の「君が代訴訟」(99年に最高裁で敗訴確定)の原告代表を務められたという。
 N関労のSさんからご案内いただく。「9/22に台東の憲法集会で見ました。とても良い映画でした。」と。以下の予告編は同じN関労のKさんがみつけてくれたもの。私、実はこのDVD、もう持っている。でもこのサイトは知らなかった。見てみてください。タイトル=日本国憲法
http://www.transview.co.jp/books/4901510320/top.htm
http://www.cine.co.jp/kenpo/about.html
http://www.cine.co.jp/kenpo/order/index.html
◆9月24日(土)
BNN Webアンケート 今週のテーマは「期限迫る自衛隊のイラク派遣、あなたが 思うことは?」
http://www.bnn-s.com/gong/multiq.cgi?mode=enquete&number=256
撤退、延長 拮抗しているとのことでしたが、私が投票したときは「撤退」に軍配! 77.4%でした。みなさんも投票してみてください。できる意思表示をしようねッ!
◆9月23日(金)
 深夜、いやもう明け方に近い。雨が降り始めた。アメリカを襲っているハリケーン・リタが気になる。イラク派兵のために州兵の半数がおらず、市民の救助が進まない。非難の途上で悲惨なバスの爆発。リタはブッシュ政権を直撃…、いや、危険にさらされるのはいつも弱者だ。
 今週は仕事の上でも多忙を極め、やっと今日秋分の日も夜中になって、一息ついた。基本的に事業を成立させてこそ…の思いと生活実態であるから、全部背負う、全部やりきる、で今日まできた。そんな中でも息抜きがある。ある裁判支援の会のニュース発送作業だ。ほぼ月に一回か、裁判に合わせての公判報告がニュースの内容。事務局メンバーがみんなで来て下さって作業をする。みなさん、わたしより先輩だから、いろいろ教えていただくことが多い。それに、火曜日の発送の時はSさんがもち米をたくさんくださった。もう、最高! 月曜の敬老の日は都教委包囲ネットの会議だった。ここまでは仕事ではなく、活動の領域。並行して雑誌校了にむけた作業。
 火曜日の昼間は定期の雑誌の下版。水、木曜日は手帳の最後の追い込み。憲法手帳をプロセスに出したので、なによりほっとしている。例年8月一杯で下版するのだが、今年は衆院選の結果と鉄建公団訴訟の判決を待ったために遅くなった。手帳の下版の時期以降は、例年泊まり込みが増える。
 今日、金曜日には雑誌が搬入されてきた。で明日はその発送で、編集部のみなさんが作業に見える。来週も仕事と活動5分5分か。一日を倍にも3倍にもしているのは要領が悪いからか。教育基本法集会の関連で、京都の人から夜中2時にメール受ける。いま、まだ、やすやすとは眠りにつけぬ数少ない人達の必死の力でなんとか進んでいるのかもしれない。
 映画「教えられなかった戦争」シリーズ監督・高岩仁さんの『戦争案内』(映画製作現場−アジアからの報告)をS氏に貸していただく。満鉄、関東軍といった活字はおなじみだが、この時代の三井・三菱など財閥の暗躍についてはあまり語られなかったのではないか。また満鉄の筆頭株主が天皇だったことを初めて知った。『科学的社会主義』10月号にはこの高岩さんが日本による中国侵略の社会構造的原因を追究する論文を映画製作現場の立場で書かれ、秋田の野添憲治さんは花岡鉱山での中国人強制連行−花岡事件の詳細を述べておられる。
 明日ワールド・ピース・ナウ。 日本橋兜町坂本町公園(日本橋兜町15-3 阪本小学校隣、地下鉄・茅場町駅徒歩2分、日本橋駅徒歩5分) パレードは14:00出発〜日比谷公園へ。みなさんも、世界の平和を求める人々と連帯しよう。
◆9月18日(日)
 読売新聞。民主党代表が前原氏(43)に決まったことに触れて、経済界も歓迎と。松下政経塾出身。それだけでもう結構。1986年6月の衆参同日選で中曽根300議席で大勝、その年11月の国鉄改革法成立で今日の状態に至っていることを見れば、今回の小泉286議席で郵政民営化は確実。とすれば20年余を経てなお闘われている国鉄闘争に加え、その反動はもっと巨大なものになるだろう。小泉内閣が3分の2以上の力を発揮すれば、意見を異にする議員を辞職に追い込むことも出来るわけで、すでに自民党内での処分問題を越え、強権的なやり方が国会レベルでも罷り通ることになる。若さに期待するのはどこも同じだ。だがその若い層は極めて貧しい状況におかれている。携帯一本で新聞も読まない。経済界にも太いパイプを持つこの民主の新しい党首が、青年層の支持を得るとは思われぬ。ともあれ街頭インタビューの不愉快さは「変えてほしいですねえ」という無責任な答え、だ。
◆9月17日(土)
 地域の祭。祭がきらいなわけじゃない。しかし地域の祭には何か疎外感を感じてならぬ。もっとも、外回りから戻って、「祭か」と気づいた。たてつけの悪くなった門を開けようとしていると、おじさん連中が門の近くに自転車を止めていたのを取りに来て、「か・わ・む・ら・ひ・さ・こさんのとこに止めちゃ悪いよな」「そうだ、そうだ、か・わ・む・ら・ひ・さ・こさんが危ないじゃないか、駄目だぞ、こら」なんて酔っぱらってご機嫌そのもの。みれば天祖神社からぞろぞろ人々が歩いてくる。ああ、祭だったか。忙しい一日だった。あたふたした一日だった。
◆9月16日(金)
 九段中ノムヒョン大統領への手紙事件…と呼ぶことになった。増田都子さんは9月の新学期早々から「いやがらせ研修」を受けさせられていたが、今日、「研修の成果が上がらない」として来年3月31日までの延長研修命令となった。
◆9月15日(木)
 長い道のりを闘い進めてきた。1047名の不当解雇撤回を求める鉄建公団訴訟の判決が下った。国鉄が原告らについて「JR北海道、JR九州の各採用候補者名簿に記載しなかったのは、同原告らが、主として国労に所属していることないし国労の指示に従って組合活動を行っていることを理由として、採用基準を恣意的に適用し、勤務成績を低位に位置づけたことによるものと認められ、不法行為と評価するのが相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない」と指摘、原告団の18年間の闘いの正しさを証明した。しかし、再就職促進法に関する法律判断を誤り、解雇についての不法行為を認めず、賃金相当損害金も認めず、差別されたこと自体による苦痛と、原告のJR採用に関して正当な評価を受けるであろうという期待権の侵害を認め、(期待権としては比較的高額な)慰謝料として一人500万円の支払いを5名を除いて認めた。原告たちは、国鉄分割民営化に際し、仕事を取り上げられ人材活用センターに押し込められるなどの差別攻撃をうけ、国鉄精算事業団に収容されて人格を無視した「自学自習」という名目で無為の日々を送らされた。これらについては時効を認めるという不当な判断が示された。18年間の間、原告と家族が就職差別、結婚差別、偏見と闘いながら生活苦を凌いできた。1047名のうち、34名はすでに現場復帰を果たせぬまま他界した。離婚や夫婦喧嘩に苦しむ仲間と何度話をしたことだろう。そのような原告や支えてきた私らにとって、今日の判決(折衷判決)は18年間の償いになるものでは到底ない。
 今後の闘いは控訴審に移ることになる。「第一審以上に団結を強め、被告の独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構、さらに同機構が全株式を有するJR北海道及び九州に加え、JR東日本への職場復帰を要求」することになる。あくまでも国家的不当労働行為である国鉄分割民営化に反対していく姿勢を崩さない。またJR福知山線事故で明るみに出た極限的な人減らし、安全性無視のスピードアップ、日勤教育と称する異常な人事管理体制など、国民の安全無視の営利至上主義が分割民営化の真の姿であることをさらに訴え、このような事故を起こさせないためにも、鉄道労働者に復帰することを誓い合った。
 今日、地裁前には600人以上、夜の報告集会には文京区民センターの3階会場は立錐の余地ない程に、廊下にも階段にもびっしりの仲間が駆けつけ、加藤晋介弁護団長の話に聴き入った。
 特別国会では、さっそく改憲のための国民投票法案を審議する「憲法委員会」設置の動き、と報じられた。
◆9月14日(水)
 九段中の増田都子さん、思いがけなくも保護者の方から励ましを受け、とても喜んでいる。
普通に考えて、都教委はおかしいよ、という声があがることが何よりの望み。前のようなつらい思いはさせない、そんな気持ちの仲間もぐんと増えている。
 明日、鉄建公団訴訟の判決日。
○8:30〜13:00 地裁前宣伝チラシ配布
○8:30〜9:45  国交省地下鉄口チラシ配布
○12:45〜    裁判傍聴整列 
○13:00〜    抽選
13:30〜    判決 東京地裁103号法廷 * 「判決後地裁前ミニ報告」
18:30〜    裁判報告集会=文京区民センター3階
◆9月13日(火)
 8年間借り続けている事務所の家主さんが亡くなられ、新しい大家さんが決まるまで、店子としては気が気ではなかった。古いながら平屋の一軒家。裏手はひろびろとした駐車場だし、駅から1分で得難い場所なのだ。しかし、最近よく投函されるビラは「土地を探しています」というのも多く、実際、古くからのお宅があっという間に大きなマンションになってしまう。駅の踏切につづく商店街から見ても、わが事務所は異色なのである。一軒家を守るように楓の木が茂り、壁にはあけびのような花をさかせる蔓性の植物が這い、台風がくれば外れる門があり、門の横には「かわむらひさこ」の看板があり、ベニヤ板に時々「新社会党」のかべ新聞が貼られる。小さい子たちが通りすがり「か・わ・む・ら・ひ・さ・こ」と大声で読んでくれる。ずっといたい。でも、立ち退きを要求されるのではないか…ここ半年以上、その不安が頭から離れなかった。隣の病院の看板がうちの楓の木で下半分が見えない、切らしてもらえないかと言われたときも、だからドキッとして「どうぞ、どうぞ」と、結果、見るも無惨な姿にされたのだった。今日、新しい大家さんはおっしゃった。「私はここに大きなマンションなんて絶対建って欲しくないの。このままがいいの。出て欲しいなんて、そんなことは言いませんよ」と。よかった、本当に良かった。
◆9月12日(月)
 ばりばり右翼はいざ知らず、今の政府・自民首脳は本心「天皇制」をどう考えているのかねえ。一連の「改革」モードは「天皇制」についてはどういう影響があるかしら。というのも、(すみません、世間話のようで)テレビで亀井なにがしが堀江某に「あんた、天皇制は否定してるんでしょう。それで自民党から出るの? え? おかしいんじゃねえの?」と絡んでいたからで。小泉劇場にはどうやらこれまで民主に靡いた層が大入り満員になったようで、民主が激減したことからみても小泉のなりふりかまわぬ扮装に祝儀袋を投げつけたといったところだ。つまり、民主っぽい選挙戦術だった。そのなかに「刺客」という言葉も生まれたし「ホリエモン」のまさかの登場もあった。憲法改正案では「天皇制はそのまま」などと言って、憲法全体がいうなれば「国体護持」を視野に入れているのに、この「改革」モードが自民党の安全保障政策を貫くことによってミッション完遂ということになれば、それは「天皇制」に影響を及ぼさずにはいられないだろう。
民主も寄せ木細工だが、自民も内部の不統一は限界まで来ているのだろう。だからまだ間に合うのだ。改憲阻止の共同行動を本気で積み上げることだ。誰と。気のあった人とだけじゃ駄目だということだ。
 娘、おつきあいしている方の父上が出張で上京。勤務中なのでお目にはかかれなかったが電話でお話したという。やさしく話される方だったと興奮している。どきどきしたことであろう。自分が夫になる人の母上に呼ばれて初めて喫茶店で会ったとき、彼は「ひさこです」と紹介したが、母になる人は開口一番「冷蔵庫なんかは持ってくるのね」とおっしゃった。私は支度のことなど全く頭になかったのだから、極めて大事な話にすっと入ったわけで、このときの母ののんびりした口調が好ましく頭に残っている。私は21歳だった。早すぎると言って、両方の父親からは勘当宣言を受けた。宣言だけだったけど。次女は今23歳。どうぞ、ゆっくり人生経験を積んでください。
◆9月11日(日)
 第44回衆議院選挙の開票がほとんど終わった。戦後二度目の自民の大量議席獲得という。公明と合わせ3分の2以上。しかもこの結果郵政民営化を是とするばかりではなく、憲法改悪の条件が整ったことになる。以下、自民党の〔重点施策2006〕から

2.安全保障政策

(1)防衛力の整備・強化と防衛庁の「省」への実現
国及び国民の平和と安全を守る国防は、国民に対する最高の福祉であり、かつ、国の最も重要な任務です。
…略…
(6)憲法に自衛隊を軍隊として明記
憲法第9条を改正し、自衛隊の位置づけと国際協力における役割、集団的自衛権の行使を可能とすることなどを明確化します。
今後、憲法改正に伴う防衛関連法制の整備を進めます。


国防が「国民に対する最高の福祉であ」ると。「改革」の笛の音にわらわらと従い踊った人たちに心から言いたい。いまや、すべての規制緩和は戦争にむけて準備される。すべての戦争準備は「改革」の名のもとに遂行される。まだ間に合う。暗澹としてばかりではいけない。沖縄の選挙結果を見て欲しい。目を覚まして欲しい。この国のかたち−constitution−にどうか思いを馳せて欲しい。まだ、間に合う。
◆9月10日(土)
 芸術劇場の会議室というのは初めての経験。5階まで一気に昇るエスカレーターも初めて使いました。前にここに来たのは「こんにゃく座」のオペラの時。話がそれないうちに。今日は不公平な税制をただす会の公開学習会で、久しぶりに北野弘久・日大名誉教授・憲法学、税法学のお話をゆっくり聞いた。といいますか、朝からびっちり6時限の授業だったわけで、頭の中がいっぱいです。@政府税調「個人所得課税の論点整理」批判、A三位一体改革は地方税増設と福祉の切り捨て、B大増税のための所得区分の変更、C課税単位・人的控除、Dなぜサラリーマンに重課するのか、E税調6・17報告「『公益法人』等の諸問題」の紹介と批判。
参加者からの質問の最後に「この論点整理への対抗軸をどのようにうち立てるかが問われている。福祉の現場では自立支援法案に見るように、応能負担原則が壊されつつある。もっと近づいて一緒に議論することも大事では」。ああ、ちょっと違うかな…。
 全く余談ですが、人が講義中、自分の席で大きな声で相づちを打っている人って不愉快ですね。私のすぐ後ろの女性がそうでした。「そう」「そう」「そう」…、かと思えばカラカラ、ヘラヘラ笑う。その煩いこと、いらいらしてきました。こういうのは「暴力」を誘発します。本当に殴ってやりたかった。その時、こんな女性が身近にいたっけな、と思い出しました。人への迷惑を顧みず、自分だけ盛り上がっていく人。だけど、そういう人は、なんで殴られたか判らないのでしょうね。
◆9月9日(金)
 北部反弾圧集会で藤田さんがメイン報告者。非常に簡潔にして、奥行きのあるお話に感じ入った。Kさんから怒りネットのニュースいただく。Kさん、Hさん、Tさんに10月4日のお願いを改めてお話する。みな手帳に書き込んでくださる。今日の石橋さんと藤田さんのお話を聞きながら、自分のニュースのタイトルが浮かんだ。「パッチワーク」。わかってもらえるかなあ、伝わるかなあ。藤田さんはこう話を結ばれた。「選挙に関しても、区議、都議、国政を長期的にみて構築していくことを私たちの側が考える時なのかと思うのです」。私、この方の秘書に雇っていただきたいぐらいだ。
◆9月8日(木)
 板橋高校卒業式「日の丸・君が代」刑事弾圧事件の藤田裁判第6回公判。板高の北爪校長が検察側証人で出廷。人間というのは、思わぬ方向からつっこまれると、声の高さ、しゃべる言葉、どんどん変化してくるのだな。検察の尋問で、すらすらよどみなく言いたい放題の証人、弁護人の反対尋問になると一変する。焦っているのがよく見えるのだ。Sさんと「テレビドラマよりよっぽど面白いわね」、「弁護士さんてすごい、表面的な行為の奥の心理をああやって言葉で炙り出すのね」などと話す。裁判の傍聴人仲間というのがあって、2度、3度と顔を合わせるうち、いろいろ感想を共有することも多くなった。今日は、若い人の姿、それからモヒカン頭とまではいかないがユニークなヘアスタイルの方も。そうそう、久しぶりに鎌田慧さんも傍聴。ニュースへの投稿と、集会の件、増田さんの件などでお願いばかりしてしまった。少し痩せられたような気がする。
◆9月7日(水)
 チロリンさんからメール。憲法を生かす板橋の会のイベントで高麗博物館に行こうというのを彼女と計画立案中。チロリンさんは高麗博物館のお手伝いをボランティアでやっている。お互い4〜5日かけてメールでやりとりというのんびりしたペースだ。彼女、私よりは若いが、そんなには若くない筈。でも実にかわいい女性。外見もものすごく可愛いくて、娘のように思えてしまうが、私と同い年の人の妹君なのである。
 強風で事務所の門(あるんです、これが)の板が一枚吹っ飛ぶ(ないほうがいいような門なんです)。まあしかし、屋根がなくなっているんじゃないかろうかと心配しながら出勤してきたのでなんとなくほっとしたぐらいなんですが。
◆9月6日(火)
 午前中はお客さんから原稿をいただきに。午後は都庁の記者クラブで増田都子さんの記者会見。夜は藤田先生を応援する会の事務局会議だった。藤田先生は、明後日第6回公判、午後からです。事務所に帰ると根岸のじいさまから電話。もう近くまで来てるから。これから寄るから…。携帯もって、車乗り回して、神出鬼没なんだから。で、30分ほど打ち合わせ。帰りが本当に心配。車で電信柱にぶつからないでね!この方の心には、いつもエンジンかかっている。
◆9月5日(月)
 不公平な税制をただす会主催の公開学習会の申し込みFAXを入れる前に事務局のSさんに電話をする。なんとこの夏は肺炎で入院をしたとか。そういえば、月に1度程度には電話でお話をして、半年に一度ぐらいはM氏も一緒に事務局のある池袋で食事をというパターンだったのがこの夏はご無沙汰してしまっていた。肺炎だったなんて。危なかったのではないですか。うーム、ありとあらゆる治療を施されました、とのこと。便りのないのは良い知らせ、なんていうのは若い時代のこと。とつくづく思った。
 増田都子さんの記者会見は明日。 
◆9月4日(日)
 増田都子さんに対する都教委の不当な攻撃について考える。その要点は、@処分をいつ、どこで、誰が決めたのか。A生徒および勤務校に対しての「教育的配慮」はどのようであったか。B処分理由は正当なものか。などなど。法規・法令に照らしても、一般常識で考えても「不当」「異常」が際だっている。早ければ明日記者会見となる。今日、また新たな力強い味方を得る。
 夜10時頃、驟雨。帰宅しそびれるまま資料整理などする。Jさんから電話。教員の「10年目研修」のことなど。Jさんも、ご苦労様。電話の向こうで赤ちゃんの泣き声が聞こえる。熱心なJさん。でももう少しニュースは読みやすいもの作ってね。
 久しぶりにネットサーフィンをする。神戸の井上力さん大阪の山下けいきさん、三鷹の嶋やんのお宅はいつ伺っても現在進行形で楽しい。
◆9月3日(土)
 立川自衛隊官舎へのビラ入れ弾圧事件はこの9月14日から控訴審が始まる。今日、国分寺労政で集会。大勢の方が参加した。私服も大勢。ご苦労なことだ。専修大学法学部教授・小田中聡樹氏の講演を受ける。「国家公務員法弾圧事件」の堀越さん、「葛飾マンションビラ入れ弾圧事件」の荒川さんとともに予定されていた「板橋高校卒業式『日の丸・君が代』刑事弾圧事件」藤田先生の代役で拙い報告をしてきた。
◆9月2日(金)
 増田都子さんの研修はじまる。なんと、立派なレポートを2本仕上げたそうである。
 たまたまインターネットで検索中、変なサイトに迷い込んだ。気持ち悪い。品川区の音楽教員らしいが、何故か板橋区まで来て志村1中の性教育を(本人いわく)視察なさったらしい。土屋サンや古賀サンの親衛隊を自認しているようだが、一教員がこんなことしてていいの? アクセス数を増やしてやるのもしゃくだけど、おぞましいものを見てみたい人はこちら。こんな輩もウヨウヨいるのでしょう。普段ならこんなもの無視するのだが、板橋のことだから、お知らせだけする。
◆9月1日(木)
 月の変わり目だが、先月末から友人の増田都子さんの教育内容そのものに対する、東京都教育委員会の姑息で卑劣な攻撃がかかっているため、気を緩めることが出来なかった。発端は彼女の生徒の保護者からの「息子の授業プリントをみて、先生と話したい」ということであった。
天皇を尊敬するような授業を、という主旨のようであった。日を経ずして、区教委から、授業で使った資料などの提出を求められるところとなった。なんとも超早っ!の展開であった。
 8月5日付け産経新聞がその一面の連載『歴史の自縛』において「GHQが占領期に行った、『戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画』が今も教育現場に生き続けるとして、増田都子さんの「紙上討論」授業について報道した。彼女が産経新聞に対して、自主教材である紙上討論のプリントをどのように入手したか、掲載について誰の許可を得たのかと質問状を出している間に、これら資料は迅速に都・区教委が入手するところとなり、期限を切った「事情聴取」の呼び出しが度重なった。
 そして8月30日、校長と二人で都教委へ来いとの呼び出し。「戒告処分」は読売新聞がいち早く報じた。8月31日、「明日9月1日から研修」との「命令」。16日間だという。それにしても新学期が始まって、現場は大切な時期なのに、なぜ? の疑問はつきない。
 「処分理由」は彼女が「ノムヒョン大統領への手紙」に書いた、古賀都議の「日本は侵略戦争をしていない」という都議会における発言にもとづいて、都議にそのような歴史偽造主義者がいること、また、扶桑社教科書が歴史偽造教科書だと批判していることが、公人に対する誹謗中傷にあたるということである。
 公務員でありながら、悪質な妄動を繰り返す一部都議の態度は、都議会の信用失墜どころではおさまらないだろう。歴史の真実から目を背けるどころか恣意的に事実を歪める態度は、どう「研修」させれば改まるのか。このような都議にしっぽを振り、職責を省みない教育委員会、東京都は早く目を覚まさねば大変なことになる。
 余談だが、米長教育委員、将棋ソフトの偽造問題で裁判を起こされている。本人は居直っているが、このソフトの著者の怒りは収まらない。このおじさん、何を勘違いしているのか、自分が権力者であると思い込んでいるから、HPなどでの記述はおぞましい内容ばかり。増田都子の爪の垢でも煎じて飲め!
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