憲法手帳雑記 2006年1月
◆1月25日(水)
 最近の相談から2件。お金を貸した女性に逃げられた話。もう一つは娘さんの自殺の話。とても重い。両方とも相手がある。責任追及すべき相手がしっかと存在する。
 今日、前々からこちらからの相談ごとでおじゃましようと思っていたSさんから電話。マンションの違法建築の件で裁判傍聴に誘われる。
◆1月24日(火)
 「国を愛する心」を涵養することは、「個人の尊厳を重んじ、人格の形成に寄与」することと、決して矛盾しない。むしろ、自然な「愛国心」はこの国の国民一人ひとりの個の生が尊重され、限りなくその個の発揚を通じて、生まれるものではないだろうか。教育の目標を個の尊厳においたことは、戦前の「教育勅語」に明らかなように「国体の尊厳」を重んじたことの反省からであろう。「個の尊厳」を上回る教育の目標が示し得ず、二者択一的に「愛国心」をもってくるから、戦前回帰だということになる。問題は、そのようにわかりやすい図式を堂々と示してくることにある。東京都教育委員会が無法、違法な攻撃を教員にかけてくる。問答無用なのである。明らかなクーデターだ。これとどう闘うかという命題を立てなければいけないのだろう。…だろうって、別に客観的に言っているわけではないけど。まったくことが大きすぎて、広い板橋を一人で廻るのも結構しんどいのよ…。でもいいことが何回もあります。あ、あなたでしたか、って言われることです。
 今日は大事なお仕事の発送も終了し、昨年末以来の超超過密スケジュール一段落。明日の朝からとりかかるこれまた大事なお仕事まで、しばしの休憩。今日は8時には帰れそう。
◆1月23日(月)
 水道橋に月一回のちょっとした納品がある。今日は次女がバイトの帰りに寄ってあげよう、と朝のうちに持って出てくれて、ものすごくありがたかった。別件で昨日刷り上げたページものの製本屋への搬出と製本屋からできあがった雑誌の搬入があったが、絶妙のタイミングで一度に済ませることができた。うまくいってあたりまえ、なんの良いことが待っているわけでもないのだが。
 三女の就職が決まる。教職には進まないと決めた時から、我が社の次期経営者にとひそかに願っていたのだが、どこぞの業界誌の編集スタッフなのだという。まあ、頑張ってごらん。
◆1月22日(日)
 写真では拝見していたが、SさんとこのA君と、昨日初めてあいさつを交わした。雪の中、近くの歯医者さんに来たのでと寄ってくれた。仕事してる? パソコンやってる? 楽しい? といたわるように聞いてくれる。あがってもらいたかったが、発送作業中でお客様がいたし、A君の方もヘルパーさんが雪の中、傘をさしてじっと待っていらしたので、ほんの短時間であった。束の間の、だけど貴重なひとときだった。Sさん、会わせてくれてありがとう。
◆1月21日(土)
 朝8時に赤帽さんが製本所までの便になってくれる。ところが彼は7時40分ごろには到着する。11時半に折り、化粧が済むから、1種類はそのまま積んで納品、1種類はもう一度うちに寄って降ろして下さいね、と頼む。ところが彼は11時20分にはうちに着く。すでに製本所から引き上げてしまっている。午後1時にならないと先方は集まっていないからお昼を済ませてから会場に運んで下さいね、と頼む。ところが彼は12時には会場に入り、誰もいないと焦って電話してくる。この30分前後のズレというのは、余人にはわからぬ非常なストレスを生む。最近は「だから言ったじゃないですかあ」と言ってみるが、余り効果はない。エレベーターのないビルの5階まで運搬をお願いするときは何故か、別の赤帽さんを頼んでくる。一度、行き先を言いそびれたまま、とりあえず来てもらって荷物を示して行き先を告げると明らかにしまった!という表情だ。あたしよりへらへらしているこの赤帽氏のお陰で、我が社は成り立っているようなものなのである。今日も雪の中、ごくろうさまでした。
 午後から、TW氏、SD氏来社。お二人でデータブックの発送を始める。TW氏の頭の中にある段取りはなかなかSD氏に示されず、はかどらず、「今日は最初だから手伝ったけどサ…」と不完全燃焼気味。それでも、今日入荷した分はすべて発送され、赤帽さん、助かりましたよ。
 ボラセンのグループの作業は滞りなく済んだのであろう。「しらびその森」さんへの発送も予定どおり。よく働いた。
◆1月20日(金)
 お客は何かというと見積もりをお願いしますと言ってこられる。仕事は100点あれば100通りである。それをA5、A4だのA3だの、B5、B4だのという紙の判類と印刷枚数と頁数、何種類の色で刷る、写真は使う使わない…というほんの5、6種類の構想で言ってこられる。そんなあやふやな状態で要求された見積もりにも関わらず、製品という確かなものが出来た時点で、それを上回る請求をすることはなかなか難しいのである。ところが、私の中では実は仕事は2通りしかない。その印刷物によって利益を生もうとするものか、身銭を切って、何事かを主張するためのもの。前者の場合、それに便乗して自分が儲けることなんてできようか。後者の場合、なるべくなら、リーズナブルな方法を提案して、負担が掛からぬように、しかもそれなりの訴求力をもった製品にしてあげるのが専門家の仕事というものじゃないかと思う。そんな訳で、我が社は何十年たっても裕福にならないのだと思っているし、それ故に続いていくのだろうと思っている。ホリエモン氏の失速とは、ま、あまり関係ないか。
 深夜に入って、かざはな、舞う。
◆1月19日(木)
 夕闇の迫るころ、事務所を訪れる方あり。表のポスターを見て。50代の男性である。たまたまポスターの人と連絡つきますか、とおいでになって、本人ですと名乗らないわけにもいかず。作業中で心の準備もないまま、紙やら搬入されたばかりのパンフを積み上げた玄関先での対応になった。失礼しました。当初、相談活動って、メールやら電話やらがあって会う日時を決めてなんて段取りを考えて居たが、少々様子が違う。
 藤田さんへの求刑は「むち打ちか所払いだろう」、なんて冗談も飛び交った昨日の集まり。今後の公判日程も若干変化。これが何を意味するのか。旧友達、藤田さんとは考え方は違うといいつつ、今ここにいる方たち。まことに妙な集まりが出現したものだと今更のように思う。
◆1月18日(水)
 沖縄うるま市の伊計島沖に米軍機F15墜落。住宅街への直接被害はないが、ここは漁場。
名護市長選も間近な中、普天間基地移転反対は53%とのことである。
 自衛隊をイラクへ送るな!もどせ!2・12練馬集会(2月12日午後1時より都立城北公園 陸上競技場にて 主催実行委員会 協賛WORLD PEACE NOW))が計画されている。だが1ヵ月後に迫った1月17日、集会場所である都立城北中央公園に近い町内会の回覧板や、陸上自衛隊第一師団司令部のある練馬駐屯地周辺の都営住宅の自治会掲示板等に練馬警察からの「お知らせ」が貼りだされたりした。
 「お知らせ」チラシには「自衛隊駐屯地からイラク派遣決定」と言う大見出しに迫撃砲を基地に狙って準備するイラストも含め@派遣反対の団体が不法行為をする恐れがあるA警察官が制服や私服で情報収集のため質問する場合があるB駐屯地の鉄塔を狙って不法行為をしようとしているものがいる。とまで、事件を断定したものまである。昨年から今年にかけて警察官や刑事がお店に来て「店の2階は空き部屋か、屋上には自由に出入りできるのか、ここから駐屯地に向けて爆弾を発射できるだろう」「1月29日には出国行事が練馬駐屯地であり、警察や自衛官が駐屯地周辺にはいっぱいになる、そのときトイレを使わせてくれ」と話したと言う。
 有事法制、国民保護法などの学習会をしてきたが本当にそのものずばりの状況になっている。
◆1月17日(火)*阪神大震災忌
 今日は、朝一番でこれを書いている。まだ5時半。今日も滅法忙しい一日になりそうだ。昨日ポストにナショナルのチラシが入っていた。例の石油ファンヒーターの古い型のもので、修理をしたのに事故を起こしたことで、その型の製品を探しているというコマーシャルを頻繁に出していた。何事か、と思わせるに充分な回数だったと思う。それでもこのようにチラシを全戸配布している。企業生命がかかっているという自覚だろう。ここまでしても、不幸な人はいるかのも知れない。だけど、手を尽くしていることが充分伝わってくる。ナショナルは、新製品の広告をする必要は今後しばらくないだろう。一生懸命になっているというのは、誰であれ、好ましいと感じるものだ。それでは、みなさまも、今日一日しっかり働きましょう!
◆1月16日(月)
 区内の小中高の校長ならびに教職員のみなさまに宛てて、「日の丸・君が代」強制に反対! 板橋のつどい−2006の実行委員会から申入書をお送りする。話がとんとんと進んで、作業もタイトな状況のなかで皆でこなす。増田さんの裁判傍聴には行かれず。ごめんなさい。日比谷の喫茶店で待ち合わせをしたI・Tさんに待ちぼうけをくわせてはと焦ったが江戸川のAさんに携帯の番号を教えてもらおうとしたら、今事務所に居たよ、すぐ電話してごらん、で解決。ごめんなさい。それで落ち着いて印刷作業を済ませる。夜は私が別の会議なので、仲間が印刷物をとりに来てくれて別の事務所で発送作業をすませてくれ、私が事務所に戻った11時に封筒の山を届けに来てくれる。
 Sさんから、拙著 『風に吹かれて』 の感想の葉書をいただきました。絵葉書でした。わー、豪勢、こりゃ南国からじゃないか、と少し妬んだのですが、よくみたら「30年前の絵はがきです」なんて書いてあります。妙にほっとしたのでした。
 夜の会議でM・Tさんに、私の号外をお渡ししながら、映画会のお誘いをすると、知り合いがいるから何枚かもらっておこうと言ってくださる。M・Nさんも私から送ってあげようと数枚預かってくださる。E・Kさんも嬉しい耳打ちをしてくれる。
 「なんでも法律相談」で電話あり。人生相談でもいいかとおっしゃるから、わたしでよろしければ、と。会って話したいというので場所も決めた。あの料金はというから無料ですと答えると、でも先生は国会議員でしょう、よろしいんですか、とおっしゃる。いいえ議員ではありませんと言うとプツッと切れた。相談電話は別の携帯を用意してある。やはり番号が履歴に残るから都合がいいと思ったが、相手が非通知だと意味がない。もっともこの方の場合、国会議員と話しがしたかったのだろう。これもごめんなさい。
◆1月15日(日)
 今日の新春学習会で、坂牛氏が、活動家がみんな湿った藁みたくなっている。爆発しようがない、と言われたのが耳朶に残っている。言い得てるな、と感心している場合ではないが。国鉄闘争、教育現場、郵政職場からの報告。特に、この間の「日の丸・君が代」強制との闘いの意味を非常に明快に職場闘争と位置付けて話された教員のAさんとは、何度もお目に掛かっている方だけに溜飲のさがる思い。伊藤誠先生の講義は先輩のNさんのPC速記を真似て入力していたのだが、途中から、眠った。今年はずっと寝不足なもので、裁判に行っては眠り、先生の講義を聴いては眠っているのでは処置なし。もう丸々2週間使ってしまったのだな。
◆1月14日(土)
 それにしても道路公団をめぐるのあの議論は何だったのだろう。結局全部作るのだという。も一つ、小泉チルドレンの女性議員。「出産費用無料」とぶちあげたのはよいが、その日の夕方までに説得されちゃった。朝令暮改とも思わぬ。ただの勇み足。第一、少子化は出産費用の問題じゃないもの。
 雨。豪雪地域が心配。降り始めて何時間かたって、お、漏らない! それで、娘の友人氏に電話する。 ありがとね!もう漏らないよ! そしたらやっと愁眉を開いたような声で よかったっすね!まだ漏ってるのかと思いましたよ そうか、そうか、聞くより先に苦情電話と思ったか。
 新年からの3つの仕事で3つのミスをした。その1 A1のポスターを折れる機械を持っている製本所を知らなかった。その2 4枚並べた写真の一人だけ背景を加工しないのをプロセスに渡してしまったのに気がついた。その3 データブック表紙の印刷で束の寸法をとり忘れた! その1はお客さまが自分たちで折るしかなかった。その2はお客さまが我慢するしかなかった。その3は、ああ、我が社の損失、大である。こんなこと、初めてだ。1年分のミスを2週間で!来週からきっといいことあるに違いない。
 気を取り直して、板橋のつどい2006の賛同のお願いの文書、つくる。今日こそ、今日のうちに帰ろう。
◆1月13日(金)
 また一日とんだ。でも、まだ昨日とつながってるから(!)。ここ数日は新聞もきちんと読み通す時間もなかった。そのかわり、原稿で勉強させていただくことが多い。ニュースでもやっていた韓国のヒトES細胞の完成のうそのことはあちらでは大騒ぎのようだ。なんてたって科学技術立国をめざす韓国の国家的プロジェクトであったのだから。でもこのことは何故か安心。だって勝手に先に行って躓いた感じですから。なあんだ、やっぱり駄目だったのね、で済みますもの。少なくとも耐震強度の偽造に比べたら、そりゃ、韓国国民の税金問題はあるけど実害は少ない。(と、14日に書きました)
◆1月12日(木)
 こだわり続けて夜が明けた。昼間、皇室の歌会始のニュースを見る。今年の題は「笑み」だそうだ。熊本のどこかの学校長が田圃の水面に映る道祖神の微笑みを歌っていた。美智子さんの阪神大震災で罹災された人々を見舞っての歌は良かったと素直に思えた。続けてのニュースに昨年リタに直撃された町の復興計画をめぐっての紛争。災害と貧困について考えさせられた。美智子さんの歌は、元気を取り戻された被災者の方々の笑顔に出会ったが、そのあと、涙がこみあげた…という意味だろう。ご長男のは、愛娘への思い入れだけ。
午後は時間を切られた仕事が続く。あたたかい。そろそろ雨?
◆1月11日(水)
 あきらめの良さ、こだわらない性格、思い切りの良さ…そういうものを両親からいただくべきだった。あきらめない、こだわり続ける…当節これほど流行らぬものはなし。
◆1月10日(火)
 昼間、都庁39階、人事委審理室に。元校長たちの魂をいまだに縛っているものは何か。「記憶にありません」の連発には少々うんざり。それに対する本人尋問での教員たちの尋問のプロットには感心させられる。ところが、一昨日からの寝不足と、温かい室内についついうとうと。不思議と話は聞こえているのだけど、聞いているぞ、と示すことができない状態。隣のKさんが時計を示してくれて、審理がみっちり3時間半に及ぼうとする寸前、夜の会議のため、抜け出すことができた。
 夜、「日の丸・君が代」強制に反対するつどい2006の実行委員会準備会。Fさん、Sさん、Hさん、Tさん、私というメンバーにIさん、Yさんという新しい仲間を迎え、Tさんも元気な顔を見せてくれて、しっかり打ち合わせをする。IさんはFさんつながりなのだが、昨年私が出した手紙を覚えていてくれて、新聞を出すと、これ、組合に貼っておけるわね、なんて言って下さる。で、いろんなことが決まると私の身体の向きもピピッと軌道修正されるわけで、これをやりながら、あれをやるんだな、と言い聞かせている。
 年末からいくつも作成した図表が原稿執筆の段階であえなくボツになり、どうしてくれよう!という気分だったが、今日のお昼に、校了となり、気分は晴れている。しかも事務所に帰ると、Tさんから松本土産の鬼胡桃の干菓子が送られていたので、暮れから正月の不幸な何十時間はなかったことにしよう、と思う。
◆1月9日(月)
 昨日、赤旗の記事について、「信じられません」と結びました。あくまでも、記事掲載に関してです。地域や職場で汗を流している方々の苦労を思うからです。
 今日も仕事の合間、2時間コースで新聞くばりをしてきました。きれいなブロックにきちんと貼って下さっている自分のポスターに出会います。嬉しいです。娘、友人の方に、近所におかあさんのポスターが何枚もある、頑張ってますね、と言われたとか。そんな風に言ってくださるのも嬉しいことです。昨年暮れからの平民会議のみなさんのご尽力に改めて感謝しています。
◆1月8日(日)
 古い家だから、ちょっとした修理も大変な作業になりました。でも土台を尊重しながら丁寧に仕事をしてくれた若い大工さん! 本当にご苦労さまでした。もう雨漏りも心配ないし、床のふかふかもありません。大工さんの工具っていいですね。私は生まれてすぐ母親がなくなりましたので里子に出されていた時期がありました。大工の親方のお家でした。物心つくかつかぬかの頃には再婚した両親に引き取られましたから、それらしい思い出が残っているわけではないのですが、大工さんというお仕事にはとても親近感が湧くのです。
 今日は、実は腹を立てていることがあります。7日付けの『しんぶん赤旗』のある記事です。
「政党間共闘の条件は存在しない」と題しています。共産党が新社会党の申し入れに回答と見出しがあります。この記事にはおおいに抗議したいと思います。余りにも現実の運動の流れに逆行する主張、これは現場の闘いをご存知ない方が書かれたのだと思われます。少なくとも、私の知る、互いに信頼を寄せ、一緒に活動する共産党系の方々はこのような考え方には立たないでしょう。「たしかな野党」を標榜する党の機関紙に掲載された文章としてはあまりにお粗末ではないですか。いま、この時期に、07年の政治決戦にむけて、各所でとりくまれている真摯な努力があります。いつも実らなかった…。結局、自分の側の主張しか言わない。時にはえげつない手段で気にいらない考えを排除する。本当には手を結ばない。立っているところは別々でもいい。同じところを見てものを考えて欲しいですね。そういう現実の苦悩をわかって欲しい、と思います。別に共産党だけに言うことでもありませんが、この記事はあまりにも無神経。信じられません。
◆1月7日(土)
 ポスターにバーコードをつけておいて良かったと思ったのでした。携帯電話も用意してありますが、やはり、メールの方が話しやすいということもありますね。夜中でも大丈夫ですし。今回は「泣き寝入りしたくない」という方のご相談でした。ポスターを見て、とメールを下さいました。私は、相談者にとって最善の状態になるようお手伝いしたいと思っています。労働相談全般に言えることですが、働く人の権利を守るために作られている法律「労働基準法」について、最低限知っておいた方がよいことがたくさんあります。年末までにそういうページをアップしておきたかったのですが、これも娘が助っ人で、ようやく目途がたちそうです。解説を加えたり、参考になりそうな関連事例などまで引っぱり出しているとまた時間がたちそうですが、早くやっておかなくてはと気持ちがまたまた急かれます。毎日があっという間に過ぎていきます。今日は、年末から決まっていたお仕事の入稿で江戸川橋まで出かけました。その後、東京駅まで行って、専門店で5年近くも使い続けている毛筆のスペアインクを買ってきました。すてきな毛筆万年筆が陳列してあって、欲しいなと思ったけど…。束の間の気分転換でした。連休とあって、地下街はまだお正月のやりなおしのような雰囲気でした。
◆1月6日(金)
 豪雪。地獄だ、とインタビューで。寒いというのも申し訳ないような気分です。
 さて、このぐずらぐずらボヤキ日記をお読みになって、今ならいるかなって電話してくださる方あり。大当たり。世の中も動き始めて、年末に頼んだ新しい商品のためのビニール袋や化粧箱(…何屋さん?といわれそうですが)の見積もりFAXが来て、何の話だ、これ、と忘れている始末。この時代、新しいことなど手がけず、地道にできることやったら? という声も聞こえそう。でもね、仕事のことばかりでなく、何でも教えてもらいながらいろいろやってみることは大事です。
 年末からの相談活動、仕事に似ている部分もあります。わからないことは多いけど、ちゃんと教えてくれる人っているんです。つまり私が相談してるわけで。こんなことがあるんですけど、どう思われます?って聞けば、ほとんど、私よりいい考えを教えてもらえます。だから何が来ても怖くないんです。今、ひとつ案件があるのですが、話をお聞きしたとき、あ、あの人とあの人に聞いて見ようとすぐ思い立ちました。案の定、ものすごく大きなプロジェクトになりそうなのです。話がはやくまとまるようにしたいです。そのためにも、早く仕事を片づけなくちゃ。チラシも早く配らなくちゃ。あああ、がんばらなくちゃ。もう6日使っちゃった。 
◆1月5日(木)
 乱氏から朝のうちFAXで「賀笑2006」いただく。ウワッ!B4一枚に「冗句」「狂歌」「川柳」の連発。好きだわ、こういうの。
 正月 どこがめでたいんだ! −生活困窮民一同
 仕事始め 職探しだった −失業者
 イヌ年 ますますアメリカの忠犬になります −小泉ポチ
 大雪 そのうち、みんなゆき倒れ −弱肉強食日本
 耐震強度 一度試してみましょうか −大地震
 Uターンラッシュ 歴史のUターンもラッシュか −反動化日本    ほんの一部紹介。

 ニュース号外できました。とりあえずアップしておきます。予定が狂いましたが、土曜日から配りはじめます。今日は今まだ午前中ですが、お仕事の原稿がかたまって届いたので、これから数時間、脇目をふらない。失礼の段ご容赦を。またあした。
◆1月4日(水)
 自分らしく振る舞えない一日であった。

 昨夜は正月のドラマの録画を見ながら、「教えられなかった戦争−中国編」上映会の案内を作成などの作業。家に仕事を持ち込まないのが約束なのだが。録画しておいてくれたのは「里見八犬伝」。「イグアナ」の管野美穂も「玉梓」をやるようになったか、なんて変なところに感心。
昔NHKで辻村ジュサブロー(だったかしら)の人形劇での「八犬伝」と脚本は似ている。原作とはかなり違うものだけど。昨夜見たのはCGも駆使して、あれだけのぐちゃぐちゃした物話を面白く見せてくれた。滝沢馬琴の原作に「人間といくさ」観があったろうか、非常にわかりやすい勧善懲悪、不思議な因縁もさもあろうと結構納得するものがたりであったような。でも昨日みたのは妖術、幻術、呪い を背景に人間の根源的な部分を描きたいという意図が感じられた。楽しめました。
◆1月3日(火)
 新年早々から、私が参加するMLでは各地のいろいろな情報が投稿されている。なかでも非戦音楽人のはとても幅が広い。新宿駅のホームレスの方に寝袋をカンパしようという呼びかけ有り。この寝袋1000円ぐらいで購入できるのだそうだ。ふ〜む…。
 かとおもえば、そろそろ屠蘇気分もはらいのけた方々から連絡が入り始める。また、明日から元気に働きましょう。そうそう、事務所の雨漏りが直ります。明日着手。若い男性が屋根に登ってくれるそうです。
◆1月2日(月)
 西台駅近くの都営住宅に一人住まいの母の家に、3兄弟の家族が集う。宴会の準備はもう娘達に任せるようになって、私たちの世代は気楽なものである。とりとめもなく近況報告。あるものたちは映画つながり。ひとことで映画と言っても、CGも含めた製作の分野、脚本、映画ファンドとさまざま。そう、さまざまなんだなあと判っただけだが。アルバイトの話。一度職を離れたけれど、働く気はある、ニートではありません、など。義兄はタクシーの運転手になって3年目になる。義弟は社民党国会議員秘書である。夫は新社会党の機関紙の記者。娘たち、息子たちの話を目を細めて聴き入るおじさんたちになりきっている。若いものたちに幸あれ。日本社会党の全盛期、機関紙「社会新報」の日刊化にむけて、あるいは市民相談活動の定着にむけて獅子奮迅の働きをされたN氏の本を我が社(新社会文化出版会)から出版したことがちょっと話題になる。ふっと胸のうちに沸いた想い、そうだ、今年も不言実行だ。自分で考えてできることはどんどんやろう〜なあんて、もう言ってる!そこが良くもあり、頼りなくもあり…。
 敬愛するS氏夫妻から年賀メールで「新しい年はいつも未知だ」と。トンッ!と心臓を打たれたような気がした。自分では表せない内なる緊張が、瞬時、増幅されたように感じた。
 T氏から電話。予定どおり帰宅され、原稿にかかっている由。図表を1点差し替えたいとのこと。
 少し雨は降ったが、雪にはならなかったようだ。
◆1月1日(日)
 静かな新年である。四女の友人、わざわざ挨拶に寄ってくれる。三女、朝6時からバイトに出かける。「お前がいないとお店がもたない」「そういうこと」なのですと。初詣の客がたくさん来てくれるのだろう。2,3度お目にかかったことのある店長さんやオーナーさんの顔を思い浮かべる。二女は爆睡。長女は「それじゃ、みなさん、2日におばあちゃんの家でね」と出かけたきり。
 相変わらず、私はこれが終わらないとあれにかかれない状態。夫が東京新聞を見て、「哲朗さんが載ってるよ」と教えてくれる。シンガソングファイターの田中哲朗さんは心の友。
もちろんこの取材があったことも知っている。ちゃんと書いてくれているなあ、と思う。昨年会えたのは岸田さんの処分で都教委へ抗議に行ったとき。あの冷たい廊下で。その前は増田さんの出版記念会のとき。アメージンググレイス&雨ニモ負ケズの伴奏をしてもらった。心の友というのは、会えなくても同じところを見て頑張っているひとたちのこと。そのようなひとたちと、今年もたくさん巡り会えますように。念じながら、「これが終わらないとあれにかかれない」仕事に向かいます。
 今年もよろしくおねがいします。 
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