憲法手帳雑記 2006年6月
◆6月28日(水)
 嬉しいメール。まだお顔を拝見したことのないTさんから。このように声をかけてくださるだけでも…。さて気がつくとまたまた多忙なことになっている。財布を落とした。板橋警察から葉書。保険証などと書いてある。でも保険証は別の小さな袋に入っている。キャッシュカードは持たない。保険証?なんだろう。あ、次々と思い出す。図書館のカード、ビックカメラのポイントカード、スイカ、娘の写真、板橋区の施設利用のカードなどなど。この忙しい時にまったく!
 今日「日の丸・君が代」解雇裁判はKさんだったとのこと。それなら早めに行くのだった。弁護士会館には別の用事で夕方行ったのだけど。Kさんは、「今何か仕事をしてますか?」に、「前回の尋問でも質問していたが、僕は解雇されたんですよ。解雇した側がそれを問うとはどういうことか」と、とても冷静で、余計な質問には答えずピシッとされていた由、Nさんのメールで知る。
◆6月27日(火)
 7月22日に準備している「子どもはお国のためにあるんじゃない 教育の自由をまもろう 7・22集会」の実行委員会。北部でこの集会をやること自体責任重大と思ってやってきましたが、今日は、オープニングで私が歌をということになりました。
◆6月26日(月)
 娘のひとりが7月15日の誕生日を前に20歳のうちに一人暮らしを始めるという固い決意(止み難き思いこみ−妄想)のもと、アパートを探し、なんとも中途半端な駒込あたりに新居を決めてきた。黙って見ているしかない。私のせいかも知れぬ。19歳のとき、この家にはいられぬと思いこみ、北区の十条に四畳半八千円の部屋を借りた。そういう知恵がいつのまについたかさえ定かでない。しかも、その後、その耐え難い実家ですら、自分がアパート暮らしなどせず、その分を家に入れたら、少しは家計が助かるのだろうかなどと舞い戻っている。極端な話、その日その日、自分の向いている方向が真実なのであって、1年たって同じ場所にいようと、その1年はまったく質的な違いがあることもある。経験的にそう思うから、「母上の影響を受けて…」などという娘には勝手にやってもらうしかない。でもねえ、この娘、毎日仕事場に通ってくることになるわけで、何とも奇妙この上ないのです。
◆6月25日(日) 
 自民、民主両党は7月から教育基本法改正をテーマにした集会をそれぞれ地方組織を通じて各地で開催するそうです。次期国会で一気に突破しようと世論喚起する心づもりでしょう。
 昨日のつづきで、大勢の方、事務所に来てくださる。貴重な時間と労力をありがとうございました。今回は一時的に雨ぱらつくものの、丁度よい天気でした。私の号外は自分で原稿を書いて、自分で何時間もかけて印刷しての手作りですが、その割りには見栄えも、中身もよい(と思っています)。先週なかばから、何人かの他党の女性候補の顔のポスターを街で見かけます。これじゃ、顔で選んでくださいって言っているようなもの。選挙における宣伝力が言われ始めたのはいつ頃からか。せめて選挙に関してはぐらい、しっかりと主張を表明しあって、有権者の判断材料にする作風は守りたいものだ。
 で、今日は私の仕事場に共産党のかさざき文子さんのバージョンでの共産党区議団の区政報告「夏号」を入れていただいた。この方は、元教員。栄町に住んでいたときから私は一方的に好感をもっていた。ここ何回かの国政選挙の際は、どういうわけか私の仕事場のはす向かいあたりで車を止めて、切々たる演説をなさる。一度なんか、その演説の立派さに思わず外に出てあいさつしちゃった。で、ここでも「生活保護」「格差」をとりあげてくれている。B4を二つに折って4面あるから「予算修正」案や増税・負担増もしっかり書いている。さらにB5で個人版も入紙してあるというもの。共産党や新社会党がちゃんと言い続けているじゃないか、やっぱり、ここらでみんなで考えてみようじゃないか、って思ってくれたらいいのだけど。
 ところが、今日、事務所のガラス窓の外側の会話。やはり年輩のご夫婦連れ。「選挙なのかしら」「うん、新社会党っていうのができたんだねえ」って。ああ、あちらは10人の区議団。こちらは孤軍奮闘10年たってもこの位置にある。共産党とならび称するはおこがましかったか。
明日は病院だし、早く寝よう。
◆6月24日(土)
 今日、号外第3弾の配布はじめる。「生活保護」の問題は何度か続けて考えを述べていこうと思います。チラシを配ってくださる方が出ていったあとの事務所に、男性の方の相談ごとでの訪問あり。事務所の朝顔が今朝ひとつ咲く。ヘチマの苗を植えてみる。どうもSさんのつぎつぎに花が咲くという言葉が耳朶に残って。
◆6月23日(金)
 朝、ちょっと早い4時。ニュースでは奈良の住宅火事、焼死した家族、長男の行方がわからなかったが50キロはなれた民家に隠れていた、火災への関与を認めた、父親が留守であることを確認した上で、母や妹、弟の寝ている自宅に放火した、父親は厳しかった…という。このような事件が重なるたび、「教育」がやり玉にあげられる。
 明日から地域に配布する「週刊新社会号外−あじさい号」の原稿やっとできる。裏面は事務所びらきのご案内と集会情報2つ、7・15板橋高校卒業式裁判不当判決抗議集会(グリーンホール)と7・22教育の自由を勝ち取ろうの集会(豊島公会堂)を入れます。配布期間は、したがって約3週間です。お力を貸して下さる方、ご連絡ください!よしっ!これで今日一日の動きは決まった。
◆6月22日(木)
 真実というのはこのように明らかにされる。誰も妨害できない。それを受け止められるか否かが残っているだけだ。今問われていることが何なのかの共通認識が大事だ。
 ご近所のGさんは駅のむこう側でお店を経営しているので、なかなか会えない。でも買い物の時間があえば、スーパーなどで会う。今日はドンピシャ。靴やさんでサンダルを買っていたら彼女がお店の外に見えた。レジを焦ったら、彼女の方からお店に入ってきた。共通の友人Lさんの話題で、彼女の表情が和む。そう、(Lさん)頑張っているのね。私もひさしぶりに連絡してみるわって。事務所、今度おじゃまするわって。うん、今日はGさんと会う日と決まっていたんだな、などと思う。
◆6月21日(水)
 今日、平民会議。平と民の間に★を入れていたら、なんか妙だという意見出る。中国や朝鮮をイメージするそうで。ならさ、ァにしましょうかね。もともと、昨日の話じゃないけど「平民新聞」とか「東京平民社」などが好きなものだから、そのものずばり「平民」が良かったのですが、これまた今日的な分析からは好ましくないようで、★で区切ることで決着したのですが。こだわった分だけ大きく実らせたいものです。今日は、今週末からのチラシ配り第三弾と来月末の事務所開きの相談。これに先だって、夕方大家さんのところに夫婦で雁首そろえておじゃまし、碁会所を見せてもらう。事務所開きの時、上も開放してくださることに!いやあ、やった!ただし、大家さんは、「ここでいいのかい、本当にいいのかい」と首を傾げている。碁盤が等間隔に2列ずらりと並んでいる。会員というのかな、名札がずらーっと。とても不思議な空間なのです。「階段が急だよ。俺は何度も落ちたんだから。だからこれ、一番下はガラス入ってないの」なるほど、階段を下りたところの台所とのしきりのガラス戸の下段は新聞紙が貼ってあるのだ。
◆6月20日(火)
 大成高校教職員労組のHP http://taisei-hs.hp.infoseek.co.jp/ に、 《速報》 最高裁が学園の上告棄却!解雇裁判で辻教諭勝訴確定! と。
 本日、学園が辻教諭に対して起こしていた「雇用関係不存在確認請求」の裁判について、最高裁判所が学園の上告を棄却したことが明らかになりました。 2003年9月1日の解雇以来、実に2年9ヶ月を経て、「辻教諭の解雇は無効」という判決が確定したわけです。
 今日Kさん、待望のKさん手作りのベンチを運び入れてくださる。朝顔のプランターは入り口の左側に移して。とってもあたたかみのある手触り、しっかりとしたつくり。ありがとうございました! 夜は10人以上の会合でしたから、ベンチを中に入れて使いましょうと思いきや、なんと3人も男の方が座っていらっしゃる。確かに座りたくなるベンチなのです。朝顔の方はひょろっとつるが延びたところで摘んでやったので新しい芽が別れて出てきています。2倍楽しもうというわけで、夜になって、細い竹をたててやりました。(…私は本当はこういうことに時を費やしているのがとても好きだ。なのに、たった2〜3分のこんな時間がもてないんだ…)
 ところで埼玉県戸田市では教育長が「日の丸・君が代」式典での徹底をはかる、との記事。君が代斉唱で起立しない保護者に対し「はらわたが煮えくり返る」のだそうで、表現の問題如何ではなくて、この強制のいきつくところを的確に言葉にしてしまった。「はらわたが煮えくり返る」「厳正な儀式を乱すことがあってはならない」「起立しない保護者の氏名、人数を調査する」というもの。石原がいう「5年もすれば地方は東京を真似るだろう」のとおりになっていくのか。
しかし…、それで名前を調べて、どこかに「非国民」名簿でもつくるのかしら。「統制」に対する自由意思の表明が「威力」との司法判断が下る今日、憲法とは無縁の「恣意的」に罪が作られるその歴史を逆戻りさせる悪意に満ちた流れは地域レベルで広がっているように見える。氾濫する川にはとにかく土嚢を積まねばならぬ。
 全然関係ないのだけど、作業に見えてたSさんが、朝顔の話題から「ヘチマの花」が好きだという。落ちても次々に咲くんだよ、と。それで堺利彦を思いだしていたら、その名をSさんの方から言った。それで好きなんだよ、と。まあ!同感!
◆6月19日(月)
 遙か北海道の小学校教員の方が励ましのメールを下さる。なんとも嬉しいかぎり。定期の雑誌下版。出張校正直前に自分の原稿見直しも終わる。明日、某ニュースの発送なんだが、これまた直前に大事な部分の訂正がこれから入ろうとしている。私がまわりをいそがしくしているような、悪しき影響を及ぼしているような錯覚に陥るんだが。イメージとして、みんなと、非常に大きな、重いローラーを引きながら、確実に一歩づつ前進しているという感じかな。陳述集の感想が入り始める。これを素直に喜んでいるのが我が社の年若い社員たちである。一人一人の原稿をつなげ、タイトルがついていない原稿のタイトルを一緒に考え、タイトルを考えるということは原稿を何度も読み返すことでもあり、ゲラをチェックし、ぶっ通しで印刷し、丁合し、本づくりの工程を全部一緒にやったのだから。表紙の紙が届いた時、「あっ! 紫陽花ね!」とすぐわかって嬉しそうに声をあげてくれたっけ。お仕事からよい影響をいただくということが我が社ではとても多く、ありがたいことだ。
◆6月18日(日)
 定例の憲法を生かす板橋の会の大山駅頭。入会案内のリーフレットを配りながら。Mさん、にこにこ笑いながら通りかかる。あなたにお目にかかれると思ってた! 終わってからLさんが改札を出てくる。まあ、終わってしまったの? お話を聞きたかったワって。しばし雑談。夕方の原稿の受け取り1時間延ばしてもらったのは正解でした。
◆6月11日(日)〜17日(土)
 丸まる一週間のご無沙汰でした。
「不服従」−それぞれの思い  
「日の丸・君が代」強制反対・都人事委員会審理陳述集
  が今日完成しました。
皆様方の支えになりますように心から祈ります。
◆6月10日(土)
 いつものお花やさんの店先の朝顔の苗がだんだん数少なくなり、蔓の伸び始めるものもあり。いささか焦って6本の苗を買う。プランターと土だけはとっくに事務所の前に運んできていて
なかなかここで土いじりしている時間もないなあと思っていたのだけど。事務所の帰りに買ったのだが、そのまま引き返して苗を植えかえる。土をほぐしていると近所の方が通りすがり、何の種を蒔くの?とおっしゃるから、朝顔の苗を植えますというと、そう、私は毎朝通るのよ、楽しみね、毎朝見られるわね、ここは日当たりがいいからよく育つよ、とおっしゃる。よく見かける座ったりもできるショッピングカートというのかな、それを引いてゆっくり歩いていかれる。…そうよ、今度、この窓ガラスの外側にベンチを置きますからね、朝顔が咲いたら、一休みしていってくださいね。幟もいいけど朝顔のつるのカーテンも楽しみです。常盤台の町づくり委員会の方々のグリーンベルトをまもる夏場のご苦労には適わないけれど、ま、気持ちは同じってことです。
◆6月9日(金)
 
Sさん、雨の中ビラを配ってくださって、本当にありがとうございました。夕方から勤務だからと昼間来て下さって、そういうお気持ちがとても心に染みます。人間の気持ちって強固なようでいて、案外もろく崩れることを何度も経験しています。自分の意志は固いと思っていても、広い意味での仲間の方々(支援者という言い方は合わないと思って)が、思わぬ方向から手をさしのべてくださるのをこのところ何度も何度も経験して、とても励まされています。そしてこのようなことがなければきっと私の決心なんて崩れていただろう…と思うのです。ということは私の意思は固いなどと思っていたのも実はこれまでもたくさんの人に支えられていつも励まされていたからに違いないのです。そうやって積み重ねていって本物に近づいていくのでしょうね。…病み上がり。
◆6月8日(木)
人事不省といったらオーバーだけど、ちょうど24時間を無駄遣いしたような気がする。なんとか頭の中がはっきりしてきて、悪寒も薄れた。熱はまだあるみたい。6時半ごろ、夫が帰宅して立て続けに娘も戻った。「定時で帰れる勤め人はいいね」なんて言ってしまった。「あんたの具合が悪いから全部切り上げて帰ってきたのに…」。わっ!すみませんでした。Fさんからカンパ!ありがとうございました。北村先生、原稿ありがとうございました。
◆6月7日(水)
 飯田橋の「白ゆり」で新刊の本の編集打ち合わせ。帰り際なにか寒くてたまらず、足元もふらつく。池袋から家に電話をして夫に中板橋駅まで来てもらった。重たい鞄を預けたら自分の体が余計心許なくなった。まるでうすっぺらな紙切れのようだ。頭の中がぐるぐる廻っていた。そのまま横になる。遅く帰った次女がマッサージしてくれていたのも夢うつつ。
◆6月6日(火)
 久しぶりに九段下に行く。教育会館はよく行くけど、九段会館はこのごろ使わないからね。その九段会館の近くで、夜、東京の教育の自由裁判を進める会が中心になっている7・22集会の実行委員会あり。帰路、雨。車中では何もわからず、常盤台で降りると地面が濡れていた。
 何年も前からお世話になっていますが、フリー百科事典「ウィキペディア」が面白い。特に本文以外に執筆に加わった履歴やノートなど。とても参考になります。とてもよく出来たシステムだと思います。この方式で「日の丸・君が代」強制問題に限らずさまざまな問題とその解決に向けての意見、実践などをを広く収集し、単に蓄積型、一方的広報型でないHPができるといいですね。いろんな試みがあって、各自掲示板などを設置したり、意見交換に腐心するわけですが、すぐ荒らされ、消耗する例も少なくありません。ネットに否定的な仲間もそのような理由から多いのですが、選挙でもウェブ解禁とか。(選挙活動より、議員自身がもっとネットを活用して勉強して欲しいですよね!)いやがおうでも付き合わざるを得ない。ならば、よりよい工夫をしたいものです。それにしてもこのウィキペディアっていったいどんな人が最初つくったんだろう…。
ところで、私は特にリンク集をつくっていません。過去にこの憲法手帳雑記の中で毎日の雑文のなかで必要なところをリンクしてきました。見て欲しいところを直接つなげた方が効果的でしょう。でも本当は私が行き着いたところより、2歩ぐらい手前のところをご紹介しています。
◆6月5日(月)
 京都市の話ですが、「ある在日コリアン、ユンミンヨン氏の長男が、京都市立近衛中学校長から退学を言い渡された。ユンさんは2月24日京都市を相手に国家賠償を求め提訴した。訴状によると小学校時の不登校により基礎学力が不足していた長男は保健室登校をするなど努力したものの、結局中学の授業にもなかなかついていけなくなった。保護者であるユンさんは、不登校である事態を打開するため学校関係団体と協議を繰り返したが、効果的な対応が話されることは無かった。その過程で「在日外国人には就学義務はないので除籍できる」と言う当校の中学校長の発言が飛び出した。結局、中学校側は本人の意思を確認することも無く、教育の機会をまったく保証しなかった。」ということである。なんだかねえ。基礎学力が不足でついていけない…なぜこのように固定的に見るのだろうか。どのような協議だったのはつまびらかではないが、ひとっ飛びに「除籍できる」とは何事だ! 配慮する、親身になるという片鱗も感じられない。教育基本法が改悪されるということは、教育の機会を奪われる子どもが更にたくさん生まれるということだ。今の教育現場の状況ですら、問題は学校から発生し、教育の名の下に不安、依存、無批判、保身、無知、不自由さによる鬱積した感情が子どもたちを勢いよく取り巻き始めているのが感じられる。本当に頭の中を切り替えてもらわなければとんでもないことになってしまうのに…。この裁判の初公判が6月16日とのこと。別に京都の例を引かなくても、板橋の仲間にも裁判を起こしている方がいます。知って欲しいです。
何日が過ごしよい日が続いています。したがって、私、絶好調です。Nさん、カンパどうもありがとうございました!(お天気より、Nさんからのカンパのせいかも知れません!)
◆6月4日(日)
 Kさん、昨日ビラまきに来て下さったそうで、すみませんでした。ビラまきですが、毎月第4土・日がみなさんとの統一行動日ということになりました。ですから今6月は24日・25日となります。もちろん何時でもご都合のよい時間帯でよろしくおねがいします。先月は毎日の分は毎日前日につくり、号外5月号は5月25日の日付で出しました。ぎりぎりまで国会情勢も載せたかったし。今日は残った分を使いましたが、5月30日の板橋高校の裁判の日程が載っているのは流石に古いと思いました。たった5日しかたっていないけど。これから月始めに毎日の駅頭で使う分も含めて一カ月分を作ることにします。今日は夕方からあちらこちらのお宅に引っかかりながら、チラシをお配りしてきました。楽しかったです。
恥ずかしながら「地の塩」の意味を知りませんでした。つい先日まで。何度か「地の塩だ」とか、「あなたのような人を地の塩というんです」と言われて、ピンとこないままでした。意味が分かってみると、どうも面と向かって言われると返事に困ります。ものすごく地味な誉め言葉!ですよね。ふさわしい働きをしなくては。
◆6月3日(土)
 ジャマルさんが正式に今日から近所の住人になった。今日は引っ越し−といっても、書類の箱と衣類が主で家財はないから、すぐ済んでしまった。部屋も小さいから迷ったが、小さな和机を一つプレゼントした。この話が出たときにジャマルさんのためにすぐ娘が友人の不用になったベッドを譲り受けたのでそれも入れたらもうお部屋は満杯。でも駅も近いし、古くから市場がある通りでまあまあだろう。静かに暮らせるとよいが。
 事務所に悩み事を抱える来客あり。
◆6月2日(金)
 昨日共謀罪を廃案にの集会、今日は教育基本法で「通すな! 改悪法案!」の集会。それに先立つ昼間の院内集会もあり。日比谷でまあ、何年ぶりだろう、N関労の仲間と出会う。彼はもともと愛媛だが今は職場は兵庫で西日本NTT関連労組に所属している。同郷なので、松山大学の大内裕和さんを自慢に思うらしく…。(彼の名刺から紹介します…構造改革という名の大合理化と闘う労働者のHP「NTT労働者」を是非ご覧下さい…とのこと。)音楽運動で一緒だった仲間とはいつどこで出会っても、最後にあった時からあまり時間の流れを感じない。わあああ〜あなたなんでここに?! としばらくしてから驚く。国労闘争団音威子府の仲間たちも10人近くがゼッケンを着用して参加していた。よう!とKさんと挨拶。俺も北海道でさ、子どもの入学式で不起立さ。でもすごいよ。子どもたちが前の子の椅子の背に頭がぶつかるぐらい深々と頭を下げるのさ。ビシーッとね。女房とさ、なにこれ、怖いねえって。そんな話を聞いているうちに、あっ、藤田さんを一人で登壇させてしまった。旗、あれっ、ちゃんと自分で持ってる。なんだかくすぐったそうな顔をして。
◆6月1日(木)
 今朝、東京新聞「特報」に藤田裁判の詳細。この記事の(記者)の真実を求めようとする内容とその筆致に感動すら覚える。よく書いてくださった。8時過ぎ頃からいろいろな方がメール下さる。私は昨夜仕事場に泊まり込み…ここ数日大きな仕事を抱えながら別のことをしていたので集中して編集のお仕事と原稿書きに向き合いたかった。それで娘に家に新聞をとりに行ってもらったという次第。「不当判決」の布を拡げられ、いっぺんに老け込んだ表情で写真を撮られている。よく見るとみんなそんな表情になっている。新聞のついでに携帯の充電コードも。発送所から郵便局に出す荷物も出してもらった。どうも生活の拠点があちこちに分散することになって落ち着かないことがままある。
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2007年 1月