| 憲法手帳雑記 2006年7月 | |
| ◆7月31日(月) 都教委包囲ネットのWさんからのメールを紹介します。 『えっ!東京でまたオリンピック?』(主催:東京にオリンピックはいらないねっと)という集会(参加者50人余り)が開かれました。 石原都知事は2016年の「開催概要計画書」の中で「東京大会から40年余り、・・・・今再びこの東京でオリンピックを開催し、日本の確かな再生と世界繁栄の大きな縁とするため、昨年秋、私はオリンピック招致を提案しました。」と述べています。 しかし、「オリンピック憲章」には、次のようなことが述べられています。 ・「スポーツを通じ、相互理解の増進と友好の精神にのっとって若人たちを教育し、それによってより良い、より平和な世界の建設に協力すること」 (第1条のA) ・「オリンピック競技大会は、個人やチームの間で競われるものであり、国の間で競われるものではない」(第9条) また、国や個人に対する差別はオリンピックとは相容れないことなども規定されています。 これらを読む限り、平和憲法を敵視し、差別発言を繰り返し、アジア諸国を見下すような石原都知事にオリンピック招致の資格がないことは明らかです。 集会では、上記の内容のような発言に加え、以下のような発言がありました。 ・「福祉が後回しにされ、借金だけが残る」 ・「自然破壊、開発優先、ゼネコン救済のためのオリンピックでは」 ・「東京外環道路が長さ16キロ、直径16〜24メートルの、2本のトンネルとして、練馬〜杉並〜調布〜世田谷まで、地下40メートルに作られようとしている。これは武蔵野から都心に向けて何本も存在する地下水の水路を断ち切るものである。地下に巨大なダムをつくるようなものである。」 ・「戦争に結びつくオリンピック招致では」 ・「瑞穂町では当初協議会であえて決議をしないとなった。その後、圧力がかかり、決議をすることになった。しかし1票差で否決した。すると、都議会から、『遺憾の極み』とか『都と瑞穂町の信頼関係をそこなうもの。抗議する。再考を。』などと言って来ている。石原も、『頭がどうかしてるんじゃないのか』、『五輪が仮に決まって、その前には三多摩(で国体)がある。その時になって、吠え面かかないようにした方がいい』、などと述べている。これが知事のいうことか。まるでやくざだ。石原に負けないように頑張る。」 ・「都心中心の計画案で三多摩切捨てオリンピックだ。 シール投票をやったら、2時間で、60対191で反対が多かった。」 ・「長野ではゼネコンは免税対策の寄付をし、見返りに工事を発注してもらった。一種の賄賂ともいえる。IOCにも金権体質がある。マスメディアも根本的な批判をしない。また、五輪ファシズムというようなことが起きる。長野では招致段階からあらゆる組織を動員した。反対も言えない雰囲気が作られた。 自分たちは長野市長選挙にオリンピック反対で候補者を立てたが、長野ではポスターを印刷してくれるところがなかった。」 なお、JOCが国内での候補地を決めるのは、私たちが「石原・都教委糾弾8・30包囲デモ」を計画している8月30日です。 |
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| ◆7月30日(日) 知らなかったなあ、大鶴義丹という役者は唐十郎の子だったのだ。お母さんは同じ赤テントでアングラ芝居をやっていた李麗仙。今も形を変えて公演しているのだという。それともう一つ2億5千年前の恐竜時代に今の私たち人類を含む哺乳類の祖先はいて、それは小さなネズミのような動物。哺乳類と両生類を区別するのは耳の中のツチ骨とキヌタ骨だそうだ。恐竜時代、大きな体と永い寿命をもった恐竜の活動時間は昼間で、夜の世界をもつことが小動物が生き残る条件であり、聴覚の発達はそれを可能にしたという。しかし哺乳類の寿命は永くて3年。そのことは恐竜が100年以上もおなじ形で生き続けるのに対し、幾世代もの生命の循環をくり返すなかでさまざまな変化、発達を可能にしたのだという。ふ〜ん、目から鱗だ。たまたまNHKを夜中見ただけだけど、やはり面白い。やっぱり教科書問題はよくよく考えないといけない。だってまるで史実のように「天照大神」なんぞが扱われるようじゃ、日本のこどもたちは世界に出て行かれなくなる。世界に出ていくときは軍隊としてしか道がなくなるじゃないか。 なぜ夜中にテレビかというと、最近は夜中に帰ってからディナーだったり、朝ご飯のおかずなんかを作っておくことになるからで、すでに眠っている我が家の女性労働者たちが少しでも楽になるようにと思うのだけど、本当は出来立ての方がおいしい、私の料理の腕も捨てたものではないとテレビを見ながらゆっくり食べるのである。 昔の、文字通り自宅での自営業で、子どもたちが保育園から帰ると、学校から帰るとご飯なあにと聞かれた頃が懐かしい。土曜日や日曜日の独特の気持ちのゆとりも。今は全部平日。 |
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| ◆7月29日(土) 東京新聞が共謀罪報道でJCJ(日本ジャーナリスト会議)の今年度の大賞。うちは昔から東京新聞と10年前からは週刊新社会です。東京新聞と『赤旗』日曜版あるいは『週刊新社会』、そういうのって絶妙なバランスかも。試しに購読してください。東京新聞と『週刊新社会』の組み合わせでね。 |
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| ◆7月28日(金) この時期の事務所開きは早い方なのだろう。3月の平民会議の立ち上げと励ます会から丸4カ月。思えばあっという間だった。今日来てくださった方々の後ろには何十人、何百人もの方々がいるのだ。電話で、葉書で、メールでご連絡くださったみなさまにも感謝。普段はちょっと覗き込むようにして通り過ぎるだけの街の方も今日は、午前中に岩野君が前の晩に長尺で打ちだしたスローガンなどを貼ってくれたのを見てから私を見てちゃんと目を合わせて軽く頷くようにしてくださる。きっとチラシをご覧になったのだろう。 20年ぶりの知り合いの方がたまたま事務所の前をとおりかかった。お互いにびっくり。事務所びらきが終わってからも通りがかりの近所の方が声をかけてくれる。「終わったの? 今度寄せてもらうわね。昼間、あなた居るときはいつもせわしそうだから…」。勤務の帰りに池袋から東武練馬まで歩いて帰っているんだという、数日前に相談事でいらしたある先生が「そうか、今日だったのか。お酒持ってきたら違反かい?」「私がカンパして頂く分には良いのです。私が振る舞っちゃいけないんです」「よしわかった、またくる」と会話。朝には朝の、昼間には昼間、夜には夜の人の流れというものがあるんだな。 大家さんが、交流会で「かわむらひさこをよろしく」とあいさつしてくださる。店子にとって、大家は親も同然というが…。よくぞ、言ってくださったなあ。その親ごころに感じ入ったのでした。 あいさつの前に英世さんに「奥さん、前掛け外さないと」と言われたり、話している途中、美しい人が入ってこられて「絶対あの方だ!」と思ったら気になってたまらず…果たして、彼女はTさんだった。あたたかい励ましの、気持ちの明るくなるメールをくださったかただ。某ユニオンの委員長さん、書記長さんをはじめ、仲間たちの言葉のひとつひとつに感じたことをここでは書ききれないが、ほんとうにありがとうございました。明日からまたひとつひとつ、ごいっしょに力を出し合って築き上げていきましょう。 事務所開きが終わって、さきに日記をアップしてメールをチェックしたら、残業だったという方からメール。そして、もう一本は「メールで参加します」という件名。添付のワード文書を開いてじわーッと瞼の内側が熱くなった。ちゃんと色までつけて、しかも私のイメージカラーで大きな文字で「祝事務所開き」! …区政に都政にかぶりつけって。Sさん夫妻から。 |
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| ◆7月27日(木) 明日事務所びらきです。言葉すくなになるのは忙しさとも体調とも関係ありません。そうです! 明日のごあいさつをじっーと考えているのです。 朝日の速報 2006年07月27日10時49分 http://www.asahi.com/edu/news/TKY200607270170.html 「つくる会」の教科書、中高一貫校で採択 都教委 東京都教育委員会は27日、都立の中高一貫校「白鴎高校付属中学」が来春から使う公民の教科書を、「新しい歴史教科書をつくる会」の主導で編集された扶桑社版にすることを決めた。都内の公立中で、同社版の公民教科書の使用は初めて。 委員会は公開で行われ、無記名投票の結果、6人の教育委員のうち、海外出張のため欠席した棋士の米長邦雄氏を除く5人が同社の教科書を選んだ。白鴎高校付属中など中高一貫の都立中4校では、歴史教科書も同社版を使っている。 文部科学省によると、同社版の公民教科書の全国シェアは0.2%。教科書会社8社の中で最も低い。 |
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| ◆7月26日(水) 猛暑そのもの。炎天下を自転車稼業も楽じゃない。でもやるときはやるのが私。どちらかというと理念一本で動くタイプなのだ。細かい分析は後からついてくる。Fさんと似ているかも。昨夜はそのFさんの講演が北区憲法を生かす会であったので、福田区議に相談したいこともあり、やはり自転車で環七を王子駅までぶっとばす。 行きは20分、帰りは17分だった。やはり王子新道の方が早かった。自転車で街を走っていると、いろんな言葉が浮かんでくる。@競争と格差で若者の心と体をズタズタにするな! A愛国教育で子どもの柔らかな心と体を鷲掴みにするな! B非武装・平和が愛ことば… C変えちゃいけない憲法、教育基本法… D格差NO! 弱者に痛みを押しつける改革は誰も望まない!… E福祉と教育に市場原理はなじみません!… F 街を人を愛すればこそ 地域で守ろう平和と人権 …う〜ん、歌の歌詞を考えるようなわけにはいきません。@とAは絶対に譲れないんだけど…。難しいですね。 気分転換に7・22集会での娘たちとの演奏の写真見てやってください。 |
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| ◆7月25日(火) “落ちこぼれ”(なんと嫌な言葉だろう!)のでるわけ 『私は長い間小学校の低学年の教員をやってきた。 学習指導要領が変わる(これまで7回)たびに、 子ども達がますます勉強が分からなくなるだろうと思った。 特に最近では、 1〜2年生段階から差がつく教育になってきた。 算数でいうと、子ども達にとっては <123×6>というのはは分かりやすいが、 <103×6>という空位がある計算は難しい。 以前は1ページに3〜4題の問題があった。 最近では1ページに1題のみだ。 「長さ」「広さ」「重さ」の違いも、単に「大きさ」比べ になってしまった。 教科書も薄くなった。 それは漢字も同じこと。 大量に「おちこぼれ」が出てくると思った。 そうした子ども達は小学校の高学年で勉強が分からなくなる。 分からないまま勉強を強いられることは、 子ども達にとっては苦痛だ。 当然、子ども達は荒れてくる。 そして世の中も荒れてくると思った。 なんで元に戻さないのか。 それをやらず、教育基本法を変え、さらに競争を煽る。 昔は生徒たちのなかに教え合いがあった。 しかし、今は他人のことは構ってやれないように 子ども達が追い込まれている。 これでは子ども達もますます荒れる。』(ある小学教員の訴え) |
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| ◆7月24日(月) 7・22集会については、参加された方々の感想が入り始め、たいへん良かった、あとでじわーっと来たというものが多い。私の歌も「おだやかだけど、結構すごいこと言ってるのね」ですと。「丈夫な体さえあれば」を「私の心、私のからだ」と替えて歌った気持ちを分かってもらえたのだとしたら…「でくのぼうの私」が『不服従の私』に通じていると感じてもらえたのだとしたら、「東に病の子…、西に疲れた母あれば」でイラクやアフガンのみならず世界中の戦火の中を子どもを抱えて逃げまどう女性の姿を思い浮かべてもらえたのだとしたらこれはもう望外の喜びである。少し言葉を替えたことについては宮澤賢治さんだって怒らないだろう。それは自信があるのだ。彼の著作をほとんどすべて通読した上でのことだ。あの時代にあって、雪深い花巻にあって世界の貧困について思いをめぐらした人なのだから。また、賛美歌(アメージンググレイス)とは本来、このような性格なのである。このようにして世界に伝播したのである。(わかりづらい文章でした。要するに「雨ニモ負ケズ」の歌詞でアメージンググレイスを歌ったのでした) 昨日の相談の続きで、またひとつ勉強の課題が増えた。しかし、今はそれで大変だという感じはなくて、むしろエネルギーになっているようだ。幸い、昨日初めてお会いした方が学識もあり、経験も深く、理路整然となさっているので、教えていただくことの方が多い。何より、不正を憎む強い気持ちにはこちらの心が洗われるような感じである。似た人が身近にいた。不正を憎む…先輩の税理士西川進さんはいつも言ってたっけ。僕らは正義と弱い者の味方だ。弱い者いじめや理不尽をほっとけないだろうって。だから彼はいつだって先頭にたって調査したり、抗議したり、行動で正義を貫いていたんだ。まだ、ベッドに寝たままなんだろうか。早く起きあがって歩いてこい! いつまでも脳梗塞につきあっているんじゃないって、そうだ、そうだ、言いにいかなくっちゃ。 |
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| ◆7月23日(日) 天祖神社通りの事務所に来客あり。興味深い相談をうけた。例によって首長や現職区議さんたちでは解決できない問題なのである。明日、(衣服も)改めて、資料などもお持ちくださるという。休日のジョギングでふと事務所の「新社会党」の幟が目に入った、社会党がなくなってこういう問題をとりあげてくれるところがない…とおっしゃる。国鉄闘争団の岩野君、約束どおり、すぐれものを持参してくれる。カッティングシートをパソコンに入力した文字どおりに切り抜いてくれるのだ。インクジェットプリンタのインクが出るところに鋭利な点のようなカッターがついていると理解したらいいのだろうかしら。それで白い掲示板に紺のシートに「新社会党かわむらひさこ掲示板」と白抜き文字にしたものを貼ってとりあえず何枚か完成させる。なんでも屋だね、われわれは…10時、岩野君を駅まで送る。 |
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| ◆7月22日(土) オープニングの歌は、親しき方々の多くは実行委員で聞けなかった!って。でも、客席にいた仲間からは帰りがけに労われる。Y子さんは「歌詞カードあったらよかったのに。こんどは配ってね」。2女、3女は担任だった先生と話したり、私の恩師と話したり、母の先輩や友人たちからも声をかけられ、まあよい経験だったみたい。要するに私の歌がいいのではなく、家族でやっているのがいいんだそうだ。絵になるんだそうだ。最後に助けてもらったのは赤かぶさん。電話をすると、「うん、迎えにいくかい」と二つ返事で来てくれる。さて肝心の内容だが、細かい点では不備があったと思うが…それは、この集会の柱になっているひとたちの紹介のしかたにも現れている。…とても手慣れた、用意周到な運営ではあったけど、逆によくわかっているひとたちの運びになってしまっていなかったか…たった2時間で、東京の教育の状況を訴える朗読劇、小森さんと有馬さんの対談、チェ・ソンエさんのピアノ演奏とトーク。手際が良すぎて考えるというのも変だけど…ひとりひとりがどのように受け止めてくださったのか知りたいところである。実行委員会の反省会は1週間後。 |
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| ◆7月21日(金) 急遽看板屋さんにもなる私の作業場はこのところなにがなんだかわからない、足の踏み場もない状態である。大きな立て看板を「4枚使えます」という文言に後から気付き、どこに置くのかなどとも思ったが、色違いの紙を拡げてなんとか書いたが、やっぱり筆がよくなかった。なんてたって私は弘法大師ではないから筆を選ぶのである。誰かに押しつけることは出来なかったかとマイナーな反省もしてみたが…。そうだ、対談で使うテーブルクロス。有馬さんは可愛い人だからちょっと柄のついたクリーム色のと、薄むらさきの何かの集会で使わなかった布を準備する。陳述集や、コントラバス、譜面台を運ぶ段取りなどなど。よい集会になりますように。 |
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| ◆7月20日(木) 電話はないけど、メールは入ってくる。どうしようもないや。明後日用のチラシなんかを作り始める。友人の書店の若旦那からこれまた共通の友人の書いたチラシをもらう。不特定の方々に手渡ししているらしい。「老人子どもにやさしい板橋区? これって本当ですか? あなたが不幸にして認知症になった時、板橋区は? なぜ板橋区は介護福祉の誤払金を返金してくれないの?」というもの。介護福祉制度の非情さ、区の介護保険課の対応に非を唱えている。これはこの先、たまたまこの友人の不幸ということではなく、誰しもが経験することだろう。文中に「区長はじめ、区議会の先生方にお願いします。…」とある。本当の解決策を出して欲しいものだ。およそ福祉の施策は重度で手間のかかる方々に対してこそ、優しく手厚く施されねばならない。それがどうだ、すべてのサービスに対価がつけられ、弱い者ほど、選択の余地はないのが実情になっているではないか。 「措置」から「選択」への流れは誰が作った? 「措置」がいやだなんて誰が言った!? 新自由主義的社会保障基礎構造改革論議はすでに10年の歩みの途上にある。納得いく解決とは、今進んでいる公的責任の放棄をやめさせることであり、これは一自治体の首長、今の板橋区の議員らにはどんなに良心的であってもできないことである。福祉現場の真摯な働きでも追いつかないのである。でも区民のひとりひとりが我がこととして怒りをもってこの事実を本当に拡げていくならば、制度を変えることはできるはずである。 |
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| ◆7月19日(水) 障害者自立支援法施行3カ月でDPI(障害者インターナショナル)日本会議がその影響を調査した。緊急アンケートの結果をまたまた先輩から送っていただいたのでご紹介。 秋の国会では冒頭から教育基本法改悪法案の審議となる。8月19日の教育基本法学習会や8月30日の都教委包囲ネットの都庁デモは大事な集会となります。是非、今からご予定ください。 何日ぶりか、今日、明日と続けて夜の予定がない。もう、嬉しいっ! 誰も電話しないで! |
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| ◆7月18日(火) 定期ものの最終校正、下版など、ひととおりの慌ただしさ。同時進行で他所に校正出しの社員は行くのが2度目のその事務所の帰りに駅までの道に迷った、とクタクタになって帰ってきた。実は私も迷ったことがある。なんとか近道があるはずだ、と思って。最後は結局、事務所の人が最初に教えてくれた道が一番近いと納得したもんだ。もう一人の社員はこれまた別のお得意さんに納品。経路を叩き込むように教え、絶対間違えようのない地図を書いてやり、この間はこの辺で迷ったんだね、大丈夫だね、とスイカと私鉄のパスを渡す。1時間ほどして「任務完了です」と嬉しそうな声で報告してくる。 夜、7・22集会の最後の実行委員会。大山の駅宣にも来てくれたKさん、朗読劇に参加してくれるMさんとは初めてお会いするが板橋地域の方がこうした取り組みの随所で力を出しているのは頼もしいかぎり。 |
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| ◆7月17日(月) 雨。涼しいのが有り難い。午後から3人で音合わせする。一応、その前に趣旨説明。よくのみこんでくれているのが音に現れている。そこへ4女が帰ってきたので、「ハッピーバースディトゥーユー♪」 の合唱になる。自分の誕生日に自分の脚本の映画を撮りたかった、そのために早めに部屋を借りて撮影に部屋を使いたかった、撮影が終わって、思いがけず仲間たちが祝ってくれて、感涙にむせんだんだそうだ。…子育て日記か、と言われるかも知れない。私にとって家族は一番の宝だ。命そのものだ。家族の体調、心のありよう、言葉を交わして分かることがあるならば全部承知していたいもの。 雨で涼しいのが有り難いと書いたが、北陸、山陰地方は被害が大きいようだ。 |
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| ◆7月16日(日) 憲法を生かす会の定例駅頭宣伝。やはり大山駅の昨日とは反対口の改札で。自転車の前の駕籠に大きなマイクを乗せてふらふら走っていると、高齢の女性、微笑みかけてくださる。何か声を掛けたそうに口元がほころんでいるのがわかって、目礼して通り過ぎる。別段こちらをご存知ではないのだろうが、よく遭遇するシーンだ。あ、でもこの間、不動産やさんに友人を連れていった時、あなたチラシの人?と言われたから、そんなことかも知れない。前は9条の人なんて誰かの真似してのネーミング。これからは板橋の「不服従の人」でいきます。 先日亡くなった叔父の住まいの片づけで親戚中動員されたのだが、駅宣から帰ると事務所に冷蔵庫と、ギア切り替えつきの自転車が運ばれていた。このチャリの荷台についた駕籠にマイクがぴったり収まるではないか。そうだ、ちゃこりん号と命名しようっと。弘叔父さん、ありがたく使わせていただきます。 夜コントラバスの伴奏用アレンジ、7・22集会オープニングの歌は次女がコントラバス、三女がピアノで伴奏してくれる。本当はこんなことをしているが一番好き。昨日は自立路線を突っ走る4女の誕生日。家にいないんだから誕生祝いもなにもない。これ普通の感覚かしら…。今日書いているのが普通じゃなかったりして。遅ればせながら21歳、おめでとう。 |
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| ◆7月15日(土) 午後から夜の集会の準備。突然の雷雨にズボンをずぶぬれになさったAさん、風邪を引かなければいいが。Kさんにはいろんな差し入れをしていただいた。このところ集会の一文字は近所の100円ショップで、なぜかこれは300円の牛乳パックで作った障子紙というのを使っている。障子2枚分がつながって巻かれているのが有り難い。集会タイトルはHさんがいつも凝ったものを考えてくれるが、書ききれないよお。Nさんが両替などしてちょっと遅くなるという連絡。ポスターカラーや筆をぶらさげてのんびり事務所にいくと、中国から一時帰国のF氏がすでにいらしてた。いつものように、早めに。F氏不在の間のなにかしら胸の中でぽっかり穴があいたような寂しさをなじりようもなく…「おかえりなさい」というのがやっとだ。でも中国から飛行機では2時間だそうで、S氏、「私が千葉から出てくるより早いよ」と。4時少し前には大山駅に着くようにみなで荷物を分け持って出かける。7・22集会の宣伝ということで、どんどん関係者が集まってくる。通りがかったSさんも「ちょっと時間あるから、私も手伝うわ」とおっしゃって。最初のあいさつだけしてすぐヒゲのH氏にマイクを渡したあとは文字通りリレートークとなり、用意したチラシもほぼなくなった。夜の藤田集会は「決起集会」というよりは判決文の勉強会のような雰囲気。立川テント村のO氏など、いつから弁護士になったのかと思うほど。たしかに、この一連の裁判でみんなして勉強しましたよね。ビラをみて参加された方もおり、今回のビラ、一般向けには少しわかりにくいという評価もあっただけに、まあ、よかったと思う。なんとYさんに山形のお土産をいただいた。心なしか、このところYさんの表情がすっきりしてきた。かかえている争議の件でよい相談相手を得たこと、同じように苦しむ方の話し相手にYさん自身がなったことも関係しているかもしれない。Yさんのことでは実はみんな異口同音に心配していた。いろんな集会に必ずいらっしゃるのだが、どこの誰か私以外わからなかったから。椅子に座ると立つのに一苦労する。布団に横たわるのもいてててて…向きを変えるのもいてててて…。 |
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| ◆7月14日(金) 地裁に出かけようとして、玄関で中腰になったらプツッと音がした。やばいかも…と思うより先に腰に痛みが走った。なんとか歩けるので結局事務所に行く。夜、平民会議。参った。 |
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| ◆7月13日(木) せわしい。明日の予定が4件…というふうに考えても意味はない。そのためには明日の仕事を今日やらなくてはならず、今日が狂えば、明後日が大変になる。でもまあ、某PTA広報は新しく入れ替えたイラストレーターのCSで完璧にあがり、色校が届いて満足している。それにしてもPTA広報というのも個性がなくなった…。もし、広報が、「日の丸・君が代」強制で先生が処分され、解雇された事実を載せたらどうなるだろう、などと思う。友人が某校のPTA会長になった。こんど連合会でプログラムに「教育基本法についての説明」の項目があるそうで、なんだこれと電話してきた。文科省の役人が来て話しているらしいよ、東京だけじゃないみたいだなどと話す。大阪だったか、幼稚園で教育勅語を暗誦させているとか、全く信じられないようなことが起こっている。 夜、国労闘争団の岩野君来る。秋口からの予定について話し合う。 |
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| ◆7月12日(水) 喪主は叔母である。気のせいか、肩幅などすっかり細くなってしまわれた。うちの4人の娘たちが勢揃いするのは稀なことでもあり、「どれがどれだかわからない」とおっしゃる。私の娘時代の喪のワンピースを着た次女が「おかあさんに似ている」と。まあ無難なお言葉、かな。ささやかな身内だけの葬儀、「親族」が居なくなった者のために一緒に時を過ごす。 |
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| ◆7月11日(火) 夫の叔父上他界する。年若いものに対しても、あくまで律儀で義理堅く接していただいた。万事に慎み深く、無欲な方であった。幾度かいただいたお手紙の筆跡しか偲ぶものはない。 それで、出るべき会議に出られない連絡がうまくつかないで焦っていたら、夕方Hさんからメール。今日の会議に出るから会えるのかな、と。やった! 出かけるまでにまたパソコンを開くかしら…と事情を訴えると、即「了解!」と返事くださる。彼女とは一年近く音信不通だった。新しい携帯には彼女の番号は入っていない。そんな状況だった。かなり自分勝手だが、もつべきものは友。しかも、大切なところで声をかけられる友。一年近く音信不通になろうと、肝心な場面でちゃんと姿を現してくれる友だ。 |
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◆7月10日(月)
日本医師会総合政策研究機構の前田由美子主席研究員が「国家財政の実態−社会保障費の削減によって財政は健全化するのか−」という報告を出したとのこと。その視点は3つの疑問を解き明かすとして@プライマリーバランスを黒字化すれば、国家財政は健全化するのか、A社会保障費も含めた歳出改革に手をつけなければならないほど、日本には一銭の虎の子もないのか、B社会保障は国民の命を守る平時の国家安全保障であるが、それでも社会保障費を守る余地はないのかを検討した上で、社会保障を削減する一方で米軍の要求に税金を垂れ流していることなどを批判しているからちゃんと読んでごらんと、千葉野田市の長南さんからPDFで。ありがとうございました。おかげで、今日は午後、紙の搬入まで時間があるな、たわわに実った梅の実も今年はいつまでも樹上にほったらかしすぎ、収穫しに家に戻るかなんて思ったが、やめて読む。(従業員にしめしがつかないもんな)一昨日の集会の主催者が電話をくださる。「なんであんなになっちゃったのかしら」と少しくぐもった声。せっかく関心を寄せてくださる方があんなにいらしたのだから、もうすこし、事前に何人かで話をして、客観的にみてくれる方に仕切ってもらってもよかったのよ、大変だったでしょう、と私としては珍しくはっきり言うと、すごく混乱しちゃったの、と素直におっしゃる…。 ある人にはキリスト教の礼拝なんてと批判されたのだという。宗教はいやだということのようだ。一生懸命人生における「真理」を追求しておられることに変わりはないという立場に立てないこともないだろうに…。 あまり脈絡もないけど、娘がヘボ英語であるイラン人に「あなたにとっての神はなに?」と聞いたら、目をむいて「私は社会主義者だ」と言われて、カッコいいなって思ったという。ばか言ってるんじゃない、おとうさんだっておかあさんだって社会主義者だと言ってやったら、そういう問題じゃないんだそうだ。親ってのは損だ。 |
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| ◆7月9日(日) 集会三連チャンともなると、ギターの弦より、私の方がよっぽどくたびれているのに。全然手入れしてあげなかったからプッツンしたのね、ごめん。今日増田さんの集会で、最後に歌の伴奏をする予定だったが、その言い訳でひとこと、ついでにもうひとこと喋ったおかげで、帰り際、板橋区民ですという方が笑顔で声を掛けてくれた。それにかつての音楽運動仲間のTさんとも少し話ができて、市野さんが誉めてたよ、なんて超感激です! Tさんも少しもお変わりなく、増田集会でお会いできたなんて。実は昨日の集会で精神的にとことん疲れていたのだけど、やっぱり参加してよかった。帰りはS君と一緒に駅に向かいながら「週刊金曜日」の『買ってはいけないシリーズ』の話に興じた。どこぞの健康ヘルニア茶、どこぞのコンビニ売上げNO1の化粧品、どこぞのはみがきペースト…。六ヶ所村の話、沖縄米軍再編の話…。駅で「それじゃ土曜日ね」と別れたが、その次の土曜日も、次の週の金曜日も会える、とわかっているのは心愉しいことである。 |
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| ◆7月8日(土) 今日、パワハラを苦にして自死された娘さんの親御さんが主宰する会に参加した。私は形はどうあれ追悼集会のつもりでいたので、少なからず驚かされた場面があった。それは文字通り真相究明集会そのものであり、ご両親の並みならぬ決意のほどが強く感じられた。しかし…いろいろな形で真相が語られたのだが、その方向付けももちろん妥当なものだったが、何故かしら、普通の追悼集会の方がよかったのではないか…、という気がしてならない。よくわからん。最後におかあさまがみなさんを送り出すとおっしゃってショパンの革命を弾いた。何度も繰り返された激しい言葉よりもこのひとときだけでよかった。しかし、参加者はさっさと椅子を立ち、或いは談笑していた。集会とは難しきものよ。 私は私で、今朝、次元は違うものの、悲しい出来事があった。4女が引っ越し。もちろんこの間の予定は逐一話してくれていたのだけど、私が言葉にしたのは「そんなこと聞いてない」だった。それから「ごみをひとつも残さないで」だった。持たせてやりたい言葉なら他にいくらもあったのにね。いやはや「親」というものはまったく……。 |
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| ◆7月7日(金) 七夕…。浮かれることなど本当はなにもありはしない。今日、「平和への結集を」と都内でシンポジウムあり。その準備の笹を一本先にいただいて私も素朴に七夕の風習を思い出し、昨日から2晩、事務所の前に飾る。折り紙を折って、はさみで切って、天の川だったわねえ…などと。短冊をつける。おかしいわね。こうやってみると大したことは書けないものね、と。シンポジウムでのことなど、あるMLにメールいれる。ある方の返信に「7・7 国恥記念日よ 笹重し」とあり。日中戦争の開戦…。言葉もない。 |
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