| 憲法手帳雑記 2006年8月 | |
| ◆8月31日(木)0:3:0 心優しき先輩から絵はがき。退職されてお連れ合いと千葉で暮らしていらっしゃる。丹精こめた田圃はしかし、猪にとっては楽園のようで、だいぶお疲れのようだ。エサがないから人里に出てくると言ってしまえばそれまでだが、何かなんとかならないものかなあ。それで、絵はがきのデザインが、これは何を作ったのだろうと考え込んでしまったのだが、煙?と気が付いたら全部解った。蚊取り線香だった。巻の一番外側だけが金具に挟まれている。2つで一組になっているからきっと外すとき折れちゃったんだ。これを縦に使うのって結構バランスが大事。これを下書きしている間に線香はどの位減ったんだろう。 昨日『有事法制』以来なんて書いてしまったが、ハンドブックはその後労働法制でも2冊出版している。忘れっぽいです。でも、のんびりしていることは確かです。 |
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| ◆8月30日(水)0:16:0:450 デモ隊の数は339だって、私服が報告しあっていた(と、その隣でカメラを構えていたわが記者殿が言ってた)まあ正確なんだろう。庁舎を包囲している人たちもたくさんいて、合流し、都庁から新宿駅南口から繁華街を通って花園神社の先遊歩道公園に入る道で流れ解散。私服は本当に気持ちわるいけど、制服の交通係は「今日は楽だったね」と声を掛けると「30度越すときついですけどね」なあんて応じる。終了後新宿文化センターで交流集会。SMさんが「30分遅れて公園に行ったのよ、もう誰もいなくて、ゆっくりご飯食べちゃった」そうだ。でも一緒になれてよかった。先日に続き、大内裕和(松山大学社会人文学)氏の30分のびしっとした話にいたく感動を覚えた私、集会が終わる寸前に出版社社長の自覚を取り戻し「大内先生!」と声を掛ける。『有事法制−あなたも戦争に動員される」以来の我が社のハンドブックへの執筆のお願いをする。余りにも日数は少ない。でも大内さんは、誰もいなくなったエレベーター前のソファでしっかり話を聞いて下さった。(ありがとうございます。)それから青木茂雄さん執筆の『「日の丸・君が代」強制の次に来るもの』(批評社刊「教育直語4」)を取り扱います。 |
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| ◆8月29日(火)0:0:2:1 電話でのご相談は癌になってしまったお連れ合いの介護のためにヘルパーの資格を取得しようと通っていて、実習も何度も行ったのに、その奥様がお亡くなりになってしまってしばらく行かれなくなった、そしたら解約にされてしまったというもの。なんと杓子定規な…。この授業料って何とかならないのだろうか。もし、この事業を区がやっていたらこんな情けない思いをすることはないだろう。でも監督責任はあるはず。IKさんに教えてもらわなくっちゃ。そういえば、今日久しぶりに世田谷のヘルパーSGさんから連絡。舞踊評論家を紹介して下さった。その方は前野町にお住まい。と思ったら、陳述集の注文メールに前野町にお住まいの方あり。ほんなら行ってきましょうかい。なんだか、連想ゲームやってるみたい。明日の包囲ネットのデモ。私はお昼から車に乗っておりますので、別行動です。 |
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| ◆8月27日(日)0:0:0:60 午前中に叔父上の納骨が済んで、早めの昼食で親族の会食となったところに郵政のOさんから夫の携帯に連絡。事務所に来てるんだが…と言っているらしく、「ああ、居ない」と答えている。私、「法事なんだって言って」とか「チラシは昨日で完配って言って」とか横で煩く言う。(せっかく来てくれたのに、悪いなあ、という気持ちと、昨日連絡くれたらなあ、という気持ちがごっちゃになっている)。夫電話を切ると「今、僕らが近くにいるかいないかだけが問題なんだから。居ない、OKで話は済む」と言う。そうかなあ…。そうだ! 平民会議のメンバーには全員スペアキーをつくろうと思いついてすっきりした。 夕方近く、「憲法を生かす会」定例の駅宣。今日は我ながら首尾一貫した話ができた。ところが首尾一貫した話など何にもならないという意見もある。ホームに佇む人がこちらを向いてくれてるなと思ったって電車が来るまで、なんだし。目の前のパチンコ屋さんはドアが開くと中の喧噪が聞こえる、ということは外の話なんて全く聞こえないんだし。なるべくセンテンスを短くしてなどとも言われる。歩く人が聞こえはじめてから聞こえなくなるまで、約2分ぐらいだろうか。なんて考えたって、要は立ってるだけでいいから、なんて言われちゃってさ!もう、9月になっちゃう…。 |
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| ◆8月26日(土)0:8:0 あれ、いつのまに4日も経ってしまったのだろう。23日はOZ夫妻が激励にきて下さった。24日は京成の仲間が大勢で来て下さった。25日は定期物の発送日、お客様に事務所を任せておけたので助かった。夜、娘が再出勤してきて、ああ、そしてもう今日は土曜日だったのだ。朝からMO夫妻はじめ、NAさん、20年以上ぶりのKAさんのお連れ合い…。それで私が鍵束をぶらさげて例によって前掛け姿で事務所にあたふた駆けつけ、挨拶やら、簡単な打ち合わせやら始めたら、KAさんったら「それで、かわむらひさこさんは今日はいらっしゃらないんですか」とおっしゃる。大爆笑。いつもポスター通りにしているためには、髪にストパーでもかけなくては…。彼女は元々私鉄バスの仲間、四国でバスガイドさんをしていた。営団労組のKAさんと結婚したばかりの頃ベルでアルバイトをという話になって、一度栄町時代にお会いしたというわけだ。私も苗字だけでは全然気がつかず、改めてお久しぶりですと言われてなつかしく。すると陽子さんが、「あなたお久しぶりなんて、いつも大会なんかで見てるじゃないのォ」と混ぜっ返す。いやいや本当にKAさんともたまに会議などでお目にかかる程度、今度のことではいろいろのところの方といろいろなつながりで改めて言葉を交わせるのはとても有り難いことだと思います。NAさんから転居の通知あり。明日は法事の後「憲法を生かす会」で駅宣伝行動。 |
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| ◆8月22日(火)0:5:2 文字通りの朝帰りして、お米は家人が炊いておいてくれたのでおむすびをたくさん作ってまた出勤。暑いんだが、結構愉しい。午前中は出たり入ったりで、午後は外回りを済ませた社員と膨大な版数の印刷にかかる。二人とものめりこむタイプで、余計なこと考えないでこれ終わらせような!っと意思統一する。夜会議。たくさんの人と一つのことを集中して、継続して考え合うのは素晴らしいことだ。私ってかなり健全…。水分の摂取は意識的に多めにしてきて正解のこの夏だ。体調もばっちり。…思い出した。水分をうまくとれない子どもに学校で水を飲ませる手伝いをしないというのだ。成田市の話だが、先週から署名の要請が回っている。ご覧のうえご協力ください。おねがいいたします。 |
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| ◆8月21日(月)50:32:12:5 ああ、また朝になってしまった。お客様に早く写真だけもどさなくてはならず、夜中にしんどい作業になった。素材が余るほどあるわけではなく、そういう中から使い物になるものをセレクトするのはつらい。うん、すべてに言えることだ。 夕方とはいえかなり蒸し暑い中FUさんも走り回ってくださる。これは実にありがたかった。お疲れさまでした。夜会議。次回平民会議は9月26日。号外は「ヘチマの花」(事務所のヘチマは蔓ばかり伸びてまだ咲かないんですが) とし、9月1日から配布可能です。リーフレットの最終検討は9月6日になりました。すでに春からゲラ状態で見ていただいているものに応援してくださる方々のお名前が入りますため、若干編集しなおしが必要です。みなさん、ありがとうございました。 |
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| ◆8月20日(日)0:3:0 今日は前からの相談者との打ち合わせに時間をとっていたのと明日の定期ものの下版を控えて外には出なかった。相談事の詳細はここでは記述できないが、結局秋に出す予算要求書に書き込むこととした。また、区内の文化人(注:芸能人ではないです)を捜していたが、今日は貴重な人とめぐり会うことができた。もっとも、ご本人は数年前に鬼籍に入られその遺族の方なのだが。犬も歩けば棒にあたるというが、人が志をもって歩けば必ずその人にとっての宝物にゆきあたるということか。LOさんの、信念をもてば、かならず成就しますよという言葉が思い出される。夕方FUさんから電話。夏休みをとってるから明日手伝うよって。なんというタイミングのよさ!なんというありがたいお気持ち! |
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| ◆8月19日(土)0:1:0:160 大内裕和さんと高橋哲哉さんの「改めて教育基本法改悪を問う」の学習会に参加する。高橋さんのお話のベースになっているのは、「南原繁著作集」第8巻(岩波書店)である。教育基本法の策定に関わった氏の著述からは、今日批判、あるいは流布されているような、新憲法同様、教育基本法制定はGHQの指令あるいは強要によるといった誤った臆説があるが、このような介入はなく、自由な審議がすすめられたことが伺える。教育の理念を「国民」たる以前に「人間」としての自立−それは国家権力といえども侵すことの出来ない一個の人間としての尊厳を樹立することとされたわけで、これの実現の途にあって、今日これを否定し、過去に向かっての歩みをすすめようとすることを何としても阻まねばという気持ちになる。お話を聞いていて思い出したのは、同じ高橋氏がいつぞやの集会で内村鑑三の勅語不敬事件に触れ、その時代になるという主旨のことを言われたが、その後内村鑑三の著作を改めて読む機会があり武家に生まれ育った内村鑑三氏がキリスト者になり、「非戦論」を掲げるまでの変遷も学ぶべきものがあって、渡米した彼は精神障害児の施設で働き、教育の意味、個の尊厳についてを根底から考え直した、そこが内村の精神的転機をもたらしたという著述に接して、私としてはそのころも今も「日の丸・君が代」強制反対に沸騰しているが、この問題も一面的にとらえられる弱さを自省したのだった。縦軸と横軸を遺漏なく理論展開していくのは本当に難しいことだ。しかし、今日のお話でまたひとつ本質の部分の確信を深めることが出来たように思う。 大内さんのお話は、教育基本法「改正」は格差社会の拡大・固定化をもたらす、と題された。 @格差社会を助長する教育基本法「改正」とは具体的には第二条「教育の目標」の二、第四条「教育の機会均等」の1、第五条「義務教育」の2,3にあらわれている。Aこの間の議論、あるいは報道は「愛国心」のみが注目を集めてはいなかったか。Bでは格差社会を助長する新自由改革、教育における新自由主義改革(a.国立大学法人化(授業料値上げ)、b.小中学校の学校選択、c.高校の多様化、d.公立中高一貫校の導入、e.習熟度別指導、f.義務教育費国庫負担の削減など)について見て、2007年度には教員免許更新制法案提出や、全国学力テスト(小6・中3、全員約240万人が参加)による小・中学校の序列化、或いは学テに向けての競争激化や地域間格差の拡大、階層の固定化を説かれた。Cこれらから教育基本法「改正」による新自由主義の推進が、格差社会を拡大・固定化することは論を待たないが、現実には新自由主義と格差社会との関係は社会全般の意識のなかでは不明確と言わなければならない。それは例えばa.構造改革による雇用の削減の実態のなかで、失業するのは若者の「自己」責任という主張、フリーター、ニート、学力低下といった若者へのバッシング、(社会的病理を秘めた事件の多発に対する評論にみる「家族」像もそうだろう)。さらにb.格差問題から分断攻撃にへと進む。Dしたがって、教育基本法「改正」と格差社会との関係を捉え、広く訴えることが重要だ。a.格差社会との関係が愛国心ほど明確になっていない→重要な争点にすることが可能だ。b.新自由主義はしかし反対運動を困難にするほど浸透している。c.また新自由主義と現代の愛国心(国家主義)との関係を明確にする必要があるという主旨であった。Dのa.b.は現実に自分の地域の活動と照らして理解できる。先日も言ったが、ポスターの「格差を生まない区政を」と名刺の「競争と格差、貧困をなくそう」の理論付けをしていただいた、たいへんに心強く思った。なお正月の伊藤誠先生のお話でも、Dのc.新自由主義と国家主義の関係については明確ではなかったと記憶する。意識しつづけよう。 今日の教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会の学習会は秋に向けて見事な意思統一ができたのではないか、これをしっかり広げることだと思いました。 |
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| ◆8月18日(金)50:23:8 夕方近く、広い塀をもつお宅の前で女主人が植木に水をやっている。前の道路も水が打たれて極めて清々しい。買ってきたゴーヤの種をまいたのよとおっしゃる。実は小さいのしかならないようだが、葉の緑のきりっとしたこと。2分後。その広い外壁のど真ん中にデンとポスターが貼られた。これまた緑も青も赤も冴えざえと光ってみえる。本屋さんではポスターは無理だろうなあと思ったが若旦那ありがとう!ど真ん前を提供してくださった。その他駐車場の門とか、工場の壁とか、今日は「ど」がつくよい場所にお許しをいただき、旧知の方々との立ち話も多かったけど良かった良かった。仕事…従業員が3分に1度CDをアタッチメントにセットして…なんとか今のところ250枚ほど終わったようです。 |
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| ◆8月17日(木)50:28:18 CD-Rの表面の印刷を頼まれちゃった。なんでうちかなあ、どのカラープリンタを使ったっけ、と迷うのは一瞬。2行ばかりの文字を専用のファイルに組み込んであとは夜ゆっくりプリントアウトすることに。暑いさなかCD-Rを450枚ドカンとビッグカメラで購入してきたのはうら若き社員。「あたしがベルに勤めてから、重い紙包みは運ばされるわ、紐が腕に食い込むような買い物はさせられるわで、こんなに筋肉がついちゃったじゃないですか!」だと。今日はデートだそうで、しきりに恨み言を言う。いやあ頼もしいねえ。というわけで私はそれきり仕事のことは考えず外へ出かける。今日はよい出会いがたくさんあった。元教員のOJさんのお宅ではピンポンすると可愛い男の子が出てきて「どなたですか」「かわむらひさこといいます。OJ先生はご在宅でしょうか」「はい、待っててください」といううち、似た顔つきの男の子が3、4、5人…たくさん出てきた。お孫さんかあ、夏休み、かあ、そうかおじいちゃんだもの、と佇むこと数秒。映画会のとき出来なかったごあいさつをして、端的な決意を申し述べて、ポスターを見ていただく。外壁が塗り直したばかりのようにきれいなおうちの、どこでも構わないよとOJ先生はおっしゃる。元教員のお宅で「憲法を、教育基本法を、変えちゃいけない」「格差を生まない区政を」というポスターはとても似つかわしい。ポスターだって、私の写真写りの悪ささえ差し引いて見てもらえたらまあ及第点だろう。さて、ここでクイズです。冒頭の日付のとなりの数字は何を表しているでしょう? 降ったり晴れたりの今日一日でさえまたしっかり日焼けしてしまいました。 |
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| ◆8月16日(水) 「日中戦争 〜なぜ戦争は拡大したのか〜」「満蒙開拓団はこうして送られた 〜眠っていた関東軍将校の資料〜」「硫黄島 玉砕戦 〜生還者61年目の証言〜」…NHKスペシャルの再放送が続く模様。先日東京新聞で、米爆撃機B29の東京初空襲に関する資料が新たに見つかったとのことである。「作戦任務報告書」(TMR)は当初1942年の神戸空襲より前のものは存在しないと言われていたそうだ。軍用機工場など軍需施設が標的になっているが、隅田川河口、荒川河口、の他目視での爆撃については現在の中央区、葛飾区新小岩付近、江戸川区臨海町付近などの4点で区切った範囲なら「どれでも構わない」と記された。「私は日本の民間人を殺したのではない。軍需施設を破壊したのだ」と米軍司令官は戦後回想記で述べたそうだが、その標的の下の無辜の市民の暮らしに気が付かなかったというのか、想い及ばなかったというのか。爆弾を積み残して飛行すれば万一爆発するかも知れぬから、第二第三の目標を設定し、それでもだめならどこでもいいから落とす。誤爆の一言で片づけられる。問題はこの第二次世界大戦中の空襲のパターンが現在イラクでレバノンでくり返されているのではないかということだ。この空爆思想が現代も生かされてしまっていることを指摘している。つぎつぎと「埋もれていた事実」「新しい真実」が、敗戦後61年目の夏にも繰り広げられている。風化…とんでもないことだ。 右翼もかなり動員された昨日の一連の集会。なんでもない一見して普通のなりの若者にすれ違いざま「売国奴!」と吐き捨てるようにいわれたと、今日の集まりでもひとしきり話題になる。 平和教育の空洞化がここにもある。はたらく人々の実態と深く繋がって、ある。 今日、恩師に「しっかりしろ、ふらふらしているな」という主旨で諭された。ひとに心配かけながらの運動ではどうしようもないや。 |
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| ◆8月15日(火) 事務所宛に封筒での郵便。封を開けたらまあまあ!私の号外が何枚も入っていて、一枚一枚に「落選」「落選おめでとう」…とマジックで大書。暇な輩がいるものだ。えっ、でも何で同じものが入っているの。やだ、他人様の家のポストから抜いたのかしら、窃盗じゃないの。わざわざ切手を貼って投函して。すごいエネルギーだけど、うちに郵送するんじゃなくて、いたずら書きしたのをまた他人様のポストに戻しておけばよかったのに!差出人は「自由民主党・小泉純一郎いらない会」。わけがわからん。 |
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| ◆8月14日(月) 朝一番で近所のGSの壁にポスターとかべ新聞を貼らせていただく。こんなところにこんないい場所。もちろん川越街道に面した壁ではない。しかし川沿いの細い道を抜ける人なら誰もが目につくところ。社長!どうもありがとう。他党のポスターをみてつくづく思うに、議員というのは自己批判や反省、内省をしない輩だということ。あれやりました、これやりましたとまあ、全部自分のやったことにように。ここまでしかできませんでした、がんばったけど、力が足りません、もっと応援してください、なら分かるけど。そんなポスター作るわけないか。それにしても区報をみても、「区経営」という言葉が当然のように踊っている。これ大間違い。正確には「区政運営」です。時には成果があがらない施策もあるはず。でも区政における「成果」とは何か。経営感覚では駄目なのです。誰一人切り捨てられてよい区民はいないからです。新しいポスターは「格差を生まない区政を」としました。栗原君子さんと一緒です。名刺には「競争と格差、貧困をなくそう」と刷り込みました。また「非武装・平和が愛言葉」としました。この2つのフレーズに、この間の活動の想いをすべてこめたつもりです。この日記を読んでくださるみなさま、どうか、ご支援をおねがいします。残暑はまだまだきびしい、でも私はもうあれこれ迷わず、元気でやっていきます。 |
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| ◆8月13日(日) チラシが足りなかったよと連絡のあった番地に行ったら、あらやだ昔、その離れを借りて住んでいたお寺の周辺だった。日曜寺で紡いだささやかな…なんていってる場合じゃない。暑いんだもの。でも…、幼かった長女がよちよち歩きで、彼女が走ってくるのを受け止める私のお腹は大きくて、のどかだったんだ…。ここは拙著『風に吹かれて』の舞台になりました。 3時からの教育会館での「平和の灯を!ヤスクニの闇へ8・13集会・コンサート」にちょっとだけ。結局NO子さんにリーフとチラシの入った袋を預ける形になって、重かったでしょう。ごめんなさい。右翼がデモ。日の丸を旗印に20人いたかな。酔っぱらいが集団でわめいているような騒音。それを警護する神田警察、あっちへダダダッ、こっちへダダダッと。教育会館での集会めがけてのデモンストレーションなんだが、神保町交差点でご老人が「そっちはあぶないよ、右翼と警官がもめているから巻き込まれると怪我するよ」なんて道行く人に解説している。ちょうど岩波ホールで映画がはねたのだろうひとしきりの人波で、ご老人がまた声を張り上げる。映画は、とみると「紙屋悦子の青春」。街中が白く光っていて、まるでフェードアウトしていくような錯覚。遠くから「慰安婦は出ていけ!」というシュプレヒコール。時代錯誤の魑魅魍魎ども。 |
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| ◆8月12日(土) 事務所にNGさん、OKさんみえる。京都の友人から電話。明日の集会で一緒にリーフ配ろうということに。ものすごい雷。来週からは私はお仕事は長期休暇をとろうと思う。26年ぶりの無期限長期休暇となる。夜ADさんから電話。編集に関わっている雑誌の論文でのお褒めをいただく。税の話においてのことである。体制側の嘘、まやかしを徹底的に突いて欲しい。消費税はどこでどうやって大企業に還元されているのか、しっかり言っていかなければいけない。ちゃんと活用させてもらっているよ、とのこと。嬉しい。 |
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| ◆8月11日(金) 今日はずいぶん前から4女の部屋に行くことになっていた。ところが朝から彼女は体調不良の様子。クーラーをつけっぱなしで寝ているのではないか…。明日、土曜日に出勤すると言ってくる。休め、月曜日までに治ってこいということで夜の約束のことは話をしなかったままだった。夕方になってふっと、見舞いに行ってやろうという気になった。ろくなものを食べていないのだろう。二女を誘う。彼女はバイクだから巣鴨で待ち合わせ。なんでこんな駅から遠いところを決めたかねえ。でも、歩いてみるとどうってことないね。雰囲気のいい街だね。ああ、わかりやすいところなんだねえ。部屋につくまでに、だんだんこの娘の新居に対する評価が変わってくる。娘、びっくりした顔でめ一杯笑って迎えてくれる。お友達が「これから一緒に片づけますから」なんて言ってくれる。なんとなく居場所もなく、狭い分だけに話題もすぐ尽きて、早々と引き揚げたが、次女「よかったわね、一緒にいたのがあの人で」「そうだねえ、男の子だったら焦っちゃう」「だよね」なんて。だけど、ピンポンして「どなた」とも問わず、いきなり開けたな。あぶないなあ。 |
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| ◆8月10日(木) 天祖神社通りの事務所にSHさんいらして1時間ほど四方山話。ずいぶんまえに相談していた学校というか寺小屋というかのことで、彼女は「あなた、このあいだこの話で私のような退職した教員と知り合って金脈を掘り当てたみたいだって言ったわよね。本当に手伝うわよ。みんな何とかしたいって思っているはずよ」って。そう、ぐいっと押されたんだ。AKさんが先客がいるとみて遠慮がちに入ってきたのを汐にSHさんは椅子から立ち上がった。AKさんともその話になった。「形から入ろうと思ったらだめだよ。名前をつけようとか、ちらしを配ろうとか、もう今考えてるだろ、だめだめ先に実態つくっちゃえよ。一人でも二人でも始めちゃえよ。数学と英語がいいんじゃない。わからない子はいちばん訳わかんなくなっているだろうからね。そういう場があるよって広がって行くんだよ」って、もう、プールの飛び込み台から飛び降りる寸前の気分にさせられてしまった。さて、…さて。…。 |
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| ◆8月9日(水) いつの間にか台風はどこかへ行ってしまったようだが、昼頃はまだ余波で時折サーッと降る中、先月末に転居したばかりの新社会党本部に行く。日本橋富沢町は神田、秋葉原とも近い中央区の端だ。衣編の問屋さんの多い町である。そのビルの名前も「京」「桜」という娘の名前からとったという大家さんは呉服問屋さんとのこと。地下鉄の駅では「人形町」が一番近い。水天宮には最初の子どものとき腹帯をもらいに行った。最初の子の時ってのは生まれる前からいろいろやったもんだ。それが四女ともなると「なぜ私の写真はないんだ!」ということになる。だから、水天宮のことなぞ我が家では話題にもならない。こんにゃく座の印牧さんのお連れ合いの赤羽さんが水天宮の裏手にある不思議な木造の建物の一室のピアノ教室をやっていて、なんだか神出鬼没の感じで面白かったっけ。本部の以前の事務所は八丁堀で好きだったが、このあたりにきて、江戸の情緒というか、藤沢周平なんかで読む町々の距離感を肌身で感じられたひとときだった。 |
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| ◆8月8日(火) HNさんがチラシをとりにおいでくださる。NRさん、長机を2台運び入れてくださる。これで事務所はもう一杯。昨日のご老人の話をある人にしたら、若葉マークのようなので身障者用であることをしめすステッカーみたいなものも一般で売っていて、スーパーの駐車場などで悪用するばか者がいるんだそうだ。だからなによ、と食ってかかってもしょうがない。警察署の管轄だろう、ともいう。そうじゃないだろうが、そこを区がうまくやれということをいいたいんじゃないか。 台風の影響か、夕方雨があがったら珍しく夕焼けを見た。先輩からメールの残暑見舞いによれば、六本木のライブハウスに行かれた由。いいなあ…。そういえば、前々から考えていた板橋にライブハウスをというのはいつのまにか立ち消えちゃった。そんなに広くなくてよくて、お酒ばかりでなくて甘味もあって、もちろん主催者の持ち込みOKで、いわゆる小屋だけでいいんだけど。どうも文化的要求というのは後回しになってしまう。やばいやばい。 |
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| ◆8月7日(月) パワー・トゥ・ザ・ピープル が驚異的な進化を遂げている。右翼も都教委もなんというか己のやっていることが後ろめたい輩も覗きにくるようだ。投稿者の文章を見て「こんな風に批判しやがって…」とは思うらしいが、なぜ批判されるかまでは考えが及ばないようである。あ、そんなことを言いたいんじゃなかった。最新のニュースは日教組新聞からの「教育基本法「改正」論議のデタラメを突くの(1)、(2)。(この板は結構長文の有効資料がたくさんある。)その中で「地域や家庭の教育力の低下」という項目がある。もちろん向こうさんの言い分だ。解説者の文章は優等生的だが、しかしこの場合の教育力とは家庭の資力を合わせ問うのでなければ意味がないんじゃないかな。 93歳だというご老人が「奥さん、いますかあ」と門のところで声をはりあげる。丁度封筒屋さんが納品中だったので、表に出てああ、駐車場の件、そこの不動産やさんですよと指で示すがどこだどこだとわからない風なのでじゃ一緒にいきましょう、封筒屋さんの営業にあとよろしくねと歩き出す。問わず語りにご老人、一人暮らしであること、毎週息子らが交代で見にきてくれるのだが、そのときに車を駐車する場所がない、100円パーキングもいっぱいで、ならば1時間1000円でもお払いして昼間の2〜3時間止めさせてもらえまいかとのこと。それなら大家さんに直接話した方が早いかも…と、インターホンを鳴らすがお留守。やっぱり不動産やさんに行くが、あそこいっぱいよ、とおっしゃる。でも聞いてみてあげるわ、そうお留守だった、じゃあ後で電話でご連絡しますからご主人お宅の電話ここに書いてくださいな、ということで引き返す。ご老人に「おくさんは政治の人ですか」と言われる。う〜ん、ここはなんか絞り出さなきゃというところだ。板橋区では老親の介護のために来た家族の車はそういう証明書をフロントガラスに貼っていれば路上駐車してもいいというのはどうだろう。区長に手紙でも出してみるか。 |
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| ◆8月6日(日) 四女の独立が我が家にもたらしたものは、一部屋空いた!ということ。最初のうちこそ、むこうはもう片づいたんだろうか、落ち着いただろうかと心配していたが、だんだん、早く全部運んでくれないと、ごみの始末してくれないと…と思うようになり、いざ片づくと、誰が移る?となり、移る必要があるのはダイニングをカーテンで仕切って床6畳分をピアノとともに占有している次女か、本来は床生活がいいのに、畳の部屋を私と共有している夫かで…。つまり我が家はこれまで二階の3室に長女、三女、四女がいたわけで。結論は一家の主が下で守りにつかないでどうするなんていう長女のひとことで、しぶしぶ次女が上に上がることを承諾。夫は使えなかったパソコンの大きなラックを汗だくになりつつも愉しそうに組み立てている。私にしてみれば、階下の台所、風呂、ダイニングスペース(うち6畳分は夫の管轄とはいえ)と本来の6畳の和室を全部手にいれたような気分になる。しめきりになった仕切のカーテンや次女と両親の部屋の間のふすまなどが開け閉め自由になるからだ。もっとも掃除するスペースが増えただけのことだ。しかし…本当は、この家のつくりは、一家の主の部屋は二階の長女がいる部屋なのだ。長女め!でもまあ、全員めんどうくさがりやだから、お姉ちゃんが一番広い良い部屋にいるのはずるい!とは誰も言わない。だって、どうせ来年の春までなんだから! いちはやくそういった親の都合に付き合わなくなった四女はエライぞ。 ロシア文学者のSさんから事務所開きのお祝いのおたより頂戴する。 |
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| ◆8月5日(土) 国労新橋支部の仲間が折り機を調達してくださる。そういえば先週、折り畳み椅子も10脚ほど某事務所からいただいている。この折り機、カウンターもばかになっているそうで、もう使い潰してよいということだが、折り加減もきちんとしているし、私が試運転した時はちゃんとカウンターも生きていた。有り難とうございました。しかも炎天下に運んでくださって。 平民会議のチラシくばりは先月から統一でなくそれぞれの都合でやっていただいている。今日はTAさんも2回戦。すでにHOさんが5人分をまとめて運んで行かれ、ISさんも鞄に入れて持ち帰り、MTさん、MZさんは先週のうちに2回戦やってくださった。HNさんは来週末。夫と私は週明けから連日。 昨日に続き、映画といえば「嫌われ松子の一生」の松子さんは私らと同時代のようだが、これが原作が漫画本というのが凄い。私らの時代はすでに漫画にでもならなければ理解できない?! といいますか、これからの子どもたちの人生、その時代は漫画にもならない…かも。これ、「漠然たる不安」。 |
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| ◆8月4日(金) 「母たちの村」が岩波ホールで11日までという。娘達をさそってみようか。昔のことだ。住んでいた伊皿子町の坂を上り、魚藍坂を下りた市場のあたりに映画館があった。赤銅鈴之助かなんかを見せてもらった。第5福竜丸の被爆のニュースを妙にはっきりと覚えている。それと、滝に打たれる女性たちの映像があった。なにかのどこかの地方でのしきたりだったのかもしれない。お祭りだったのかもしれない。モノクロのニュースで、とても怖い印象をもった。どういうわけか、以来何年も、人間は大きくなったらあのように滝に打たれなければならないんだ…という変な恐怖感が植え付けられた。滝に打たれることなんぞ、いまなおアフリカの各地で行われている「少女への割礼」に比べたら…。音楽が素晴らしかったよという感想を聞いた。「日の丸・君が代」強制と通じるものがあるという人もいた。紹介しているサイトを見たが、とても美しい映像だ。アフリカの女性の、母たちの美しさが目を射る。(「母たちの村」…'04年の第57回カンヌ映画祭、ある視点部門でグランプリに輝いた問題作。) |
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| ◆8月3日(木) 憲法手帳のゲラがあがったことで、また秋にむけてお仕事の面でのスケジュールもせわしいことになってきている。でも、駄目だ。今年はだめだ。なんて言って、毎年同じような状態だったのだ。ところが、今年は見事に計画性を発揮できた。娘がいたからだ。つまり、毎年、いかに無謀な計画を立てていたかということだな。いやまだまだこれからが問題。 炎天下、Sさん、2回戦でチラシを配ってくださる。 |
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| ◆8月2日(水) 自分ひとり心にさざなみをたてたり、静かな湖面をみている気分になったりの繰り返しのここ数日である。簡単に言えば昼は慌ただしく、従業員が帰る4時すぎからは落ち着き、夜は比較的早めに10時ごろまでには帰宅し、のんびりしている。世間が暑い暑いと騒ぐほどには、夏は苦痛ではなく逆に内側から燃えてきてまるで熱中症であるが、幸い頭痛もめまいも吐き気もこむらがえりもおこらず、不整脈も自覚なく、食事も昼食以外は規則正しく、薬を飲むときの水と2〜3回のお茶か珈琲しか水分もとらないが、体重は47.2をぴったり保ち続けている。でもそれは薬の量が7年以上のも間「3錠」だったものが何ヶ月かの期間を経て「3.5錠」に変わったことでのこちらの体の安定なのであって、素直には喜べない。またこれが崩れたときは面倒だなと思うばかりである。とにかく、この夏は無事に成果をあげなければという気持ちばかりが募る。 |
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| ◆8月1日(火) イラン人の友人と囲碁とチェスの話をしているところに、彼に電話がかかってきた。ペルシア語での(私が聞くところ)一方的な話しぶりである。なにか小さな川が淀みなく流れるように彼の言葉が続いていた。なぐさめているような…10分ぐらいだろうか。私らのように、じゃあね、とかよろしくとか、またね、みたいな会話の終わりのあいさつがなくて、いきなり電話は終わり、「可哀想、ほんとうに可愛そう、住むところが見つからない、いろいろ手をつくしているらしいんだけど」と頭を抱え込んでいる。その電話相手は美術大学を出たらしい。日本にきて17年にもなるらしい。でもまともな仕事にもつけない。君のアパートに一緒に住まわせてもらえないかという相談だったらしい。だけど、私らのいわゆる相づちというものがなかった今の電話で、いつ、その友人の方の事情がわかったんだろうか。イランの人は、お互いの小川のせせらぎを聴かせあうんだろうか。そんなばかな、ねえ! 憲法手帳2007のゲラあがる。 |
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