憲法手帳雑記 2007年9月
                                  
9月21日(金)
 都教委の10・23通達は違法、違憲とした「予防訴訟」難波判決が出されて1年。昨日の報道で、「中教審道徳の科目化を見送る」と「小学生で台形の面積の求め方」が入るとのこと。安倍退陣の影響はありやなしや。国家主義、愛国教育と結びついた新自由主義的教育政策。一喜一憂のそのいとまもない。
9月18日(火) 携帯はドコモを解約。番号は変わりません。でも選んだ機種は明日に。
 この際だから番号変わってもいいかと思ったのですが、地域での最近のニュースなどに既に使われているので断念。まあ、シジュウシチシ・サンザンニクルシク はまんざらでもないのだし。それにしてもストラップは惜しかったな。かなり気に入っていた。ご近所のSさんが夕方チラシと用紙持参でおいでになる。ちょっと雑談して、後で、なんだ話している間に刷っちゃえばよかったと思ったものだ。Sさんは自転車で紙を運んでくるのも大変そう。1時間後に我が営業部長がバイクで届けに行く。今日のように定期物の下版の日は落ち着かないが、昨日の執筆者は夜中にちゃんと原稿を入れて下さって、しかも非常に整った、力のある原稿で、いっぺんに元気になった。先週、急いで作った大量のチラシがまだ一部分しか発送の連絡がない。担当者から電話あり。「ええ、ええ、もう腐りかけてますよお」なんて、恐縮されている方に追い討ちをかけるような言葉をぽろっと言ってしまうのもめったにない余裕の表れ。そう今日半日の余裕。明日からまた…。
9月17日(月) 
 今日が休日であることを意識していなかったばかりに、原稿をいただくべき方と連絡がとれず、この時間になってもおたおたしている。参ったな…。
 三女久しぶりの三連休を楽しんでいるよう。休みとなるとこの子の表情が違う。池袋に出かけたら西口公園で「働くものの音楽祭」をやっていたそうな。Mさんは娘らも大好きなおばさん。言葉を交わせたらしい。しかし西口公園であの「働くものの音楽祭」?! いやいや、あの「働くものの音楽祭」ではないからできたのだろう。そうだ、もう、「劇場を出よ」だ。でも実際は3日目の会場がなくて…だったらしい。それにしても3日間もというのは驚き。 
9月15日(土) 遂に携帯をどこかに落としてしまいました。契約解除です。ご不便おかけします。
 昨夜、吉野作造の『古川餘影』を読んだ。幼少期に触れた記述はなかなか興味深い。実家は綿問屋だったが、新聞の取次店をやっていたとのこと。丁度、今、萬朝報時代の黒岩涙香を中心とした物語を読んでいる。それにしてもどのような形で取り次ぎ店が組織されたのか気になっていたところであった。また小学生時代からの同人誌づくりも考えさせられる。明治の半ば、小学生、中学生の頃から、自分から社会に接触を求めていった人々は実に多い。そのような土壌と明治文化はどう結ばれるのか…。よみさしの『萬朝報物語』は、時まさに日露開戦を前にして、黒岩が主戦論に変じ、内村鑑三、幸徳秋水、堺枯川らが萬朝報社を退社する場面である。黒岩の思想的転向というふうにしか理解していなかったが、結局、新聞としての生き残りをかけて部下が先走って、そのような社説を掲載してしまったのだった。経営を前面に出し、彼(特に秋水)らを排除しておきたいと考える輩はいつの時代にもいるものだ。そうして、堺、幸徳らは平民社を興し、足尾鉱毒事件での集会に目を覚まさせられた若い日の大杉栄などが加わり、秩父事件の首謀者に縁のつながる女性が働いたり、魂が呼び合うように集まった彼らがその筆を振るったのが「平民新聞」。…それで、…だから「かわむらひさこと平民会議」という名称にした…、おいおい、もっと自信もっていこう、そういう先輩たちの気概を大切にしたいと思ったんじゃないか、と思ったのです。
9月14日(金)
 朝3時半に出発、10時の一時間前について食事をしながら分会名と組合員数を一枚づつ書いたものをダンボール50程に貼り付けられるようにしよう、せめて先方をはらはらさせた分、そこまではうちがやろうという予定通りに午前10時、宮城県古川駅前郵便局に到着。小包などの集積する場所から台車で5〜6台分を荷卸していると、ゆうメイトさんらが出勤してくる。2階組合事務所への階段の踊り場に「民営化まであと17日」とカウントダウンの掲示あり。「あとは、おらほでできるから」と支部長に言ってもらって、任務終了。せっかくの長距離便だ、「見るべきところは」と書記さんに尋ねると、もうすこしすると鳴子の紅葉なんだけど…」と気の毒がってくれる。しかし支部長「ほれ、ここは吉野作造の記念館があるんだよ。近くだよ」と道順を教えてくれる。知らなかった。吉野作造さんのペンネームは古川学人というのだった。大正デモクラシーといえば政治学者吉野博士の代名詞のようなもの。国本主義に対する民本主義といったらよいか。ために右翼からも、または国体をそのままにし民主主義を踏まえていないと社会主義陣営らからも鋭く批判された。彼の発言を熱狂的に歓迎する時代の活況といったらよいか、美濃部達吉氏の天皇機関説をはじめ、沸騰するような気運が確かにあったと思う。キリスト教、初期社会主義の交錯した時代を見るうえで吉野作造の研究も欠かせない。偶然とはいえよい時に訪れることができた。記念館で赤松克麿編『故吉野博士を語る』と吉野作造の葬儀の時に香典がえしに配ったという『古川餘影』の復刻版を買い求める。
 「支部長『おらほ』って言ったよね」「うん、言った言った」「『おらほの局長』みたいな人もいたよね」「さっき積んでるとき、管理職みたいな人『なに、これ』って言ってきたじゃない。読むかな」「ああ、『あなたのことたくさん書いてあるよ』ってね」…。2人は安心もし、ここ数日の疲れもどっと出たのだろう。帰路はすぐ眠くなったようだ。えっ!じゃあ、誰が運転したのって。実は夫にお仕事を休んでもらったのです。夫にしたら自分だって大変だと思うのに次女だけではきつい、と判断してくれたのです。とにかく無謀な母親であった数日を反省しながら、無理を頼んだ製本やさんへのお土産を途中で買いました。
9月13日(木)
 丁度一週間前のこと。「いえ、違いますよ、レセプション23日じゃなくて、16日の日曜日ですって」。もう頭の中が真っ白。だって820ページの冊子なのだ。最後の修正に没頭しているDTP部長を見る。もうひとりのDTP担当は憲法手帳の最後の見直しをしている(彼女にはDTPエキスパートの称号を授けたばかりだ。わが社は基準が甘い)。月曜日に下版して、木曜日なんて絶対絶命だ。(レセプションの準備を金曜日にしたいという)…しかし、そこが普通と違うところだ。土日を返上すれば何とかなることだろうか。ふたりともわかった、と言っていると見た。紙は今日中に入るだろうか。あ、迷っていてはいけない。それで用紙が夕方に18連入る。印刷、折り、丁合、表紙のくるみを順番にセットしていれば10日はゆうにかかる。ならば、印刷しながら折る、並行して丁合する。最後の表紙のくるみだけ、束が厚くても対応できる製本やさんを探すことにしよう。大丈夫だ、彼女たちがいれば……。というわけでして、入魂の「某労働組合結成50周年記念発行・労働運動史」を今夜これから宮城県大崎市まで納品に行きます。
 そういえば、ずらりと並べた刷本の山と、娘たちが格闘しているところにF先生が書類を持ってきてくださった。「すごいことになってるな、たいへんだな、手伝おうか」。ああ、冗談でも嬉しい。「簡単?」。娘、「ここからここまでとって、この山のとくっつけて…」とまじめに説明。「難しいのはだめ、アハハ」…やられた。

 そんなことで朝から引きとりだ、別のチラシ5万枚の搬入だとひとしきりバタバタし、嵐が去ったような事務所でさて掃除と思うところに近所のお客様が見える。このあいだちょっとした入力をおうけしたのだが、福岡のお土産「鶴の子」をくださる。白餡をつつんだマシュマロがとてもおいしい。急性白血病で亡くなった義姉に通ずるやさしい「甘さ」だ。まもなく命日だ。17年目。
9月7日(金)
 駅の北口に「つたや」さんがあります。私もついに「つたや」さんのカードをもつようになりました。CDやDVDをとっかえひっかえ借りてくるわけです。先日、新垣勉さんのを見つけて2枚、他を借りました。言葉がはっきりわかるのがいいと思ったのです。私は知りませんでしたが、多分板橋近辺にお住まいらしく、学校に来て歌ってくれた、とのこと。目が不自由な方です。「死んだ男の残したものは」など、心に沁み込むような歌声です。ところで「つたや」の営業時間は10時から26時です。午前1時をすぎて返却に行ったとき、もうびっくりです。「つたや」の下は東武ストアなのですが、まるで昼間のストアのような人出です。まあ、自分のことを棚に上げて、ですが、なんとまあ…。
 今日は、藤田先生を応援する会の作業日でした。控訴審が第一回10月2日(火)を皮切りに3回までの日程も決まりました。詳しくはパワーサイトでご覧下さい。
9月5日(水)
 今月の写真は先日の都教委包囲アクションでのもの。隣に娘たちが並んでいるのですが、車のスピーカーの音の直撃する位置にいて、みなして片手で耳をおさえ、シュプレヒコールの丁度口を噤んだ状態のものだったので、肖像権の侵害だの何だのといって、トリミングを伸ばすのを許してくれませんでした。テレビ報道で民主・新党日本が統一会派で合意とのこと。
 昨日の教員試験での死亡の報せは、なかなか表に出てこないこの種のことがこれからどんどん起きてくるのではないかと心配です。馬鹿げたことに向き合わされる…。今回の試験は年齢的にも30代〜の中途採用のようですが、教員の「資質」に対する評価もまた大きく転換させられた上での採用であれば、今後ますます、「職場づくり」の観点でも困難さが予想されます。それはまた子どもたちに降りかかってくることです。がらがらと大きく音を立てての教育の再編成が進行していることを垣間見るような出来事です。
 昨夜は、ご近所の方が9条ネットへのカンパを持ってきて下さった! かと思えば買い物でふらりと出たらやはり9条ネットでお世話になったTさんの仕事がえりとばったり。「あの話ね、今度ゆっくり聞いてあげるからね。お茶しましょうね」と別れたが、なんだか近所にいろいろな方がいるのが心強いです。Tさんには少し前に「どうしたらいいでしょうね」ってメールでぶちまけたのでした。
9月4日(火)
 技能があって、しかも好きというのがいい。次女が免許を取得して今月で1年。もともとバイクで走り回っていたが、今年の春は宣伝カーも駆使して今やすっかり安定した運転ぶりだ。今日はチラシの納品で杉並区内を走り回っている。暑さがぶりかえした。過酷な教員採用試験で水泳が終わって亡くなられた方ありとの報せ。8月の上旬、体育館は40度近くになっている中に、すし詰めで長時間待機させられ、ハードなタイム設定をされての試験だったという。
 昨夜、近所の信号機の設置について相談をうける。
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