| 憲法手帳雑記 2008年4月 板橋高校卒業式事件「藤田裁判」控訴審判決は5月29日(木)午後3時〜4時半・東京高裁102です。 |
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| ◆4月28日(日) 超過密労働を何日も続けては、病院に行く、というのも変な話。まるで、修理工場にいくみたいに、行く。しかし、本当に主治医もびっくり、なんで大丈夫なのという状態のようです。一時期参っていたのはやはりメンタルな影響でしょう。病院の帰り、池袋のビックカメラに寄ったら、西口公園で古本市をやっているではありませんか。今朝は、昨夜から2色で刷り上げた幕張用の「憲法手帳5月からバージョン」を折りだけ済ませ、あとは娘に託して病院に来たので早く戻らなければいけないところ、娘に悪いなあと思いつつ古本市の客になりました。大仏次郎の時代小説自選集「源実朝」「浅妻舟」を見つけて迷うことなく買いました。ものすごく幸福な気持です。 |
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| ◆4月13日(日) 9条世界会議が5月4(日)〜6(火)日、千葉幕張メッセで開催されます。オープニングは「火垂るの墓」(実写版)、全体会のほか、講演や合唱パフォーマンス、ライブなど盛りだくさん。5日は「9条を生かす」と題したシンポジウムが6コーナーあります。並行してピースウォークが取り組まれていますし、ライブハウスやワークショップ、シネマ、各種ブースなど多角的な一大イベントという感じです。「世界は9条をえらび始めた-」…この謳い文句で本気で推し進めていきたいものです。 |
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| ◆4月12日(土) 昨日最高裁小法廷で立川自衛隊官舎へのビラ入れ事件で上告棄却。3人に対し10−20万円の罰金刑が確定させられた。04年12月の地裁判決では無罪、05年12月の高裁では一審判決を破棄、罰金刑が科せられた。事件当時、有無を言わさず逮捕、75日もの拘留となっている。憲法で保障された「表現の自由」を優先させ「無罪」とした一審判決に対し、その後の裁判では「官舎の管理権の侵害と住民生活の平穏の侵害」を優先している。だが、被害届けは警察が予め用意したものだと裁判過程でわかっている。また、03年3月からのイラク戦争と日本の戦争協力に関しては相当の議論が国民的に起こっており、検察はビラの内容が「自衛隊関係者に精神的苦痛を与える内容だ」と主張していたことからすれば、そのことの判断がされなければならないだろう。公務員であるOさんは職を追われるかもしれない。市民運動全体を萎縮させるためのまったくの「みせしめ」だ。何のための司法の存在かますますわからなくなる。 |
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| ◆4月10日(木) 3000件の発送が終わると、流石に「ふう」と息が声になる。24面掛けの宛名シールが約130枚、だけどこれをただ封筒に貼るんじゃない。エクセルの表を桐にして、郵便番号で並べ替えをしてプリントアウトする。封筒の印刷は先に済ませている。このときにすでにあらあらということがある。郵便番号の入力違いがあるからだ。市区町村ごとに件数とシールの番号を記録した紙を最初の封筒に貼り付ける。内容物もすべて揃い、セットして封筒づめ。封。結束。今回は新しい世界に飛び立ったはずの4女、こちらの事情を知っているから朝の6時台に履歴書片手に来る。長女も来てくれて、延々の作業をおしゃべりしながらやりきってくれる。わが社で一番広く見えるのは玄関。一坪ある。ここが封筒の束で満杯になるのだ。宅急便も朝からまず配達して車が空になり、昼一度戻る前に引きとりに来てもらう。夕方も、昨日も今日も、来てもらう。私はバテているが次女はダンボールを片付けたり、こまごまと働き続ける。朝も夜も私と居て、何日間も同じ分量の作業に追われた彼女には早めに帰宅してもらう。拭き掃除をし、奥のテーブルの配置を直して夜の会議に備える。若干余ったパンフをテーブルの上に出しておいた。「後期高齢者医療制度」のだ。俺は末期だよ、と苦々しく笑う方がいた。 「君が代」強制に関して、各地に飛び火しているその顕著な例は大阪の中学校、そして北海道の小学校だ。 生徒のほぼ全員不起立が報道されている。問題はその後の行政の対応だ。北海道の場合は産経の記者が潜入したようである。そうやって問題がつくりあげられる。ごくこくあたりまえの光景が寒々とさせられてくるのを防ぐことはできないのだろうか。東京のたたかいはその意味でも問われている。 どうやら、神奈川に引っ越したらしいコスモさんから、全く別人の名前になって手紙が来た。そしてどうやら、彼の知る限りの政治家は共産党の志位さん、新社会党の栗原君子さん、社民党の辻元清美さん、川田龍平さんとなぜか横須賀の山城保雄さんと板橋の私であるようで、宇宙的規模の諸課題改善要請のお手紙であった。私はすぐ理解したけど、他の議員の方々は困っただろうな。 |
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| ◆4月8日(火) 某退職者会のニュース原稿を読んでいましたら、女性の方が現職時代に「慰安婦」問題にふれ、同僚の方とそれこそ「旧満州」時代の日本軍の配置から、地名のことから真剣に調べたというお話が載っていました。知るということの行為の深さに触れた思いがしました。昨夜のニュース23で映画「靖国」を取り上げていました。落ち着きなく目をきょときょとさせた右翼青年とキャスター氏の会話では、誰に指示されたわけではないといいます。「スクリーンを切られた映画館もあったというのは、そういう事実を言っただけだ」、「南京大虐殺などデタラメだ」(あなたは見ましたか)「いや、こうなれば見ておけばよかった」(見られなくしたのはあなたですよ)「まあ」(どう責任をとるのですか)「…」。南京大虐殺の事実の何がデタラメというのでしょう。映画そのものは、淡々と靖国神社で繰り広げられていることを距離をおいて記録したもののようです。 そうそう、娘が東京農大のオホーツクキャンパスで買っていただいたジャムを美味しくいただいています。東京農大の門にかかった「表札」の文字を書いたのは、と話していて、ほら青森の、ほら版画の、と名前が出てこず往生しました。棟方志功と一気に出ないんです。実は、今も。やばいです。ともあれ仕事の合間、ホームページを見てそんな会話を楽しんでいます。 一日雨でしたが、千葉のSさんのパソコンに落雷?! SさんはいつもPDFでおくる通信のゲラを見て下さるのですが、明後日は通信の発送はないんだっけと一安心、でもモデムの交換をしなければならないそうで、とんだ被害でしたね。Sさんは猪親子の田圃あらしとか、こちらでは経験しないことに結構悩まされている方です。 |
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| ◆4月5日(土) 先週末に大阪での新勤評反対訴訟団の集会におじゃましました。その前段の交流会で、訴訟に踏み切るまでの経過をつぶさに聞き、「日の丸・君が代」強制反対訴訟との相似を考えさせられました。 同じ時に、二番目の娘は北海道に。人生を左右する大切な旅でした。帰りの飛行機が悪天候で飛ばず、長逗留になったりましたが、もう仕事の予定を考えてもどうにもならない、彼女にもそういう時がやっと来たんだなと思うばかりです。ところが、この事態に便乗したのが4女。というより、あまりにわが社の仕事は切れ目がなく、やってもやっても終わりがなくて、ほとほと疲れ、展望がない!と思ったのでしょう、「2年間だけという約束でした」(そんな約束した覚えはないのですが)と31日付けで退社しました。しかし、様々な技術は身についたと思いますし、どこでも通用するよう教育はしたつもり。思えばせっかく2年前に一人暮らしを始めたのに、一日の相当時間を仕事で付き合っていたのですから、彼女にすればやっと親から解放されたというところでしょう。本当によく助けてくれました。好きな映画づくりが活かせたらいいのですが。 とにもかくにも春。休みがとれたら話題の映画「靖国」でも見に行きたいと思っています。でも今年に入ってから、自分の休みは第一週と月末の5日間のうちでそれぞれ半日程度しかとれません。今月はもう終わりです。5月の頭に千葉幕張で開催される「9条世界会議」に憲法手帳も出店しますのでその準備をしなければ。 |
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