1952年  港区伊皿子町(現在の町名は三田)に生まれました。
      赤穂浪士で有名な泉岳寺の境内が遊び場でした。
      同区立高輪台小学校、高松中学校に通いました。
      父親の会社倒産のため転居、転校し、
      北区立赤羽中学校から都立志村高校に進みました。

      21歳 結婚。

         会社の屋上でよくアコーディオンを弾きました
        先生は赤塚在住のプロ江森登さんと
        窪田聡さん(「かあさんの歌」の作曲者

        
そのうち自分が若い人に教えるようになりました
        初めてのボーナスでイタリア製のアコーディオンを買いました。


      28歳 出版印刷業ベル企画を始めました。
          待望の長女誕生。
            その晴れがましい日に夫が勤めていた父親の会社が倒産

      30歳 二女誕生。 

      32歳 三女誕生。 

      33歳 四女誕生。 

            4人そろって「やまと保育園」(板橋区大和町)に。
            出産の直前も印刷機を回しながらの子育てでした
            印刷機の規則正しいリズムは音楽そのものでした。
            その印刷機でケガをして、楽器が思うように弾けなくなりました。
            胆石の手術もしました。
            わたしの文学はこのころからはじまりました。

            うたづくりは日本音楽協議会で。先生は藤川つとむさん(青森在住)や
            
印牧真一郎さん(現オペラシアターこんにゃく座)。
            
小説は労働者文学会議に発表しました。その後ルポライターの鎌田慧さんに
            
あこがれて新日本文学に参加しました。
            『新日本文学』は2004年11/12合併号(no.652)をもって終刊となりました。


      45歳 入党して25年の日本社会党は消滅しました。
          私は板橋で、数名の仲間と新社会党を旗揚げしました。
          一方で社民党も(日本社会党を党名変更し)誕生しました。

      46歳 幼児期からの心臓弁膜症のため 障害者手帳の交付を受けました。
             
            昔のリウマチ熱が原因だったのです。
            心臓の手術の際の検査で貧血や子宮筋腫も解決。
            この年は新しい人生の出発になりました。
                 
            いまは健康管理につとめ、元気に働いています。
           このように助けてもらったことを、同じ様な困難を抱える方に
           伝えたいと思っています。

 
      47歳 ベル企画を新社会文化出版会と名称変更しました。

            憲法手帳をつくろう! これは一大決心でした。印刷もできる出版社になりました。

      51歳 有事法制、イラク戦争…。
          世の中は新自由主義的経済の要請と国家主義とがしっかり両輪となって転がっていくようです。 
          そのことへの拒絶の意思を表明したかった。
          当選はできませんでした。

            ご支援下さったみなさんの期待に応えられず、申し訳ありません。
           しかし、言うべき時に主張し、みなさんと挑むことができた……。
          その結果は現在に生きています。

          選挙のあと、「風に吹かれて」というタイトルの短編集を発行しました。

      52歳 「日の丸・君が代」強制問題で、地域的な運動をつくり出そう…まず最初に手がけたのは
          「雨ニモ負ケズ」を「アメージンググレイス」で、と。春のイラク戦争反対のデモで歌いました。
          その後、板橋では板橋高校卒業式事件、服務事故再発防止研修や異動、不起立への処分攻撃…。
          とても黙っていることはできませんでした。
          1年間、この問題の中で大勢の方々と一緒に考え、教えてもらいながら、行動しました。
          忙しすぎて、CDもまだ出せていません。ま、一人の一歩より、横へ横へと繋がり合うことが大事、です
          よね。

      53歳 都議選がありました。語るべきものはありませんでした。ただ、お祭り騒ぎをしたいひと、立っている場所、
          見ているところが違うひとびとの存在を多く知ることはできました。

      54歳 2年越しの「日の丸」「君が代」強制とのたたかいは、いまや「戦争に加担しない」という意思を自らが表明
          することとして私の傍らにあります。
          そしてたくさんの仲間がいます。
          5月1日、かわむらひさこ事務所を開設しました!

      55歳 区議選、夏の参院選挙とも、大敗北を喫しました。精神的にも実際的にも強くわたくしを支えてくださった
          大勢のみなさまに感謝いたします。

      現在 家族は夫と娘4人。弥生町で借家住まいです。

            夫は2歳年上。週刊新社会の記者です。娘は27歳、26歳、24歳、22歳になりました。
            「ずっとおかあさんのそばにいるからね」と言っていた娘達もひとり、またひとりと巣立ち。
            3女だけは、「ずっといるんだ」そうですが…
            

      2008年2月26日、56歳になりました。

             新社会党板橋総支部委員長、9期目。
             新社会文化出版会 代表
             

              連絡先:〒174-0072 板橋区南常盤台1−23−17
                           
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