憲法手帳雑記 2008年6月  

鉄建公団訴訟・葛西敬之(JR東海会長証人尋問)      6月2日(火)
国鉄闘争が見たニッポン(北部・講演と交流の集い)    6月13日(金)午後6時30分・豊島勤労福祉会館 
板橋高校卒業式事件「藤田裁判」報告集会         7月4日(金)午後6時〜 グリーンホール(板橋・大山)
◆6月6日(金)
 一昨日、伊藤誠先生の取材。「マルクス主義研究の国際的動向」と題して、最近の中国とイギリスでのご活動を語っていただく。昨日はちょっと買い物に出ていると藤田さんから電話。いきなり無用心だねといわれ、大急ぎで戻る。頼まれた印刷物にかかっている間、娘の話になる。そうかみんなちりぢりになってしまうのか、などといううちに図書館から娘が戻ると、藤田さん、さっそく三重県のお寺をHPで検索しはじめた。すごい由緒あるお寺ではないかとかなんとか今度は娘を相手に話している。私が印刷したものをすぐ折り機にかけ、全部で27台あるのを手際よくならべて丁合をはじめた娘もめずらしく口が滑らかである。大きなホチキスで止めて、裏側に飛び出た針を硬いゴム製の槌で叩いて、終わった時にはケーキを送るから松坂牛を送れ、などという約束をさせられたようなのである。雨の中、藤田さんは資料を持って都心に向かって出かけて行った。
◆6月2日(月)
 夕方、練馬の奥山さん、夜、国鉄の報告集会に行くからと、6・13のビラをとりに来てくれる。集会のプログラムを玄関での立ち話で確認。部屋に戻ると娘が、「話し方がお友達って感じね」というから「そう、30何年来のね。彼は電電公社の時代から合理化反対で頑張っていた人よ」と教える。鉄建公団訴訟、傍聴には行かなかったが、40席の法廷に350以上の傍聴券を求めるひとびと。証人・葛西敬之JR東海会長は分割民営化遂行は国策だったと胸を張ったという。詳細は『週刊新社会』をご覧ください。本格的に雨降り始める。
◆6月1日(日)
 四女が家を出て、丸2年になる。独立の志はよいと思っているから余り口出しはしないでいた。アパートは6月で契約の更新になるはずであったから、実は先月の末ちかく、家に一度戻らないかと話した。2、3日して、そうしようと思うと返事をしてきた。姉たちは「勇気ある撤退」「ウェルカム」とまんざらお義理でもなく言う。決め手は彼氏の「その方が安心。俺だって、できれば母親に東京に出てきてもらってマンション借りて一緒に住んでくれないかと思うよ」一人ぐらしの対価は彼女の思いを超えて厳しく、なんのために働いているかわからない、などとも言う。戻る場所があるうちは何度でもやりなおしたらいい。もっとも、こちらもカーテンを洗ったり、床をふいたり、選挙事務所からベルに「どんづまりの撤退」をしたときにはみ出した荷物などを整理したりでてんてこ舞なのである。 
2005年        3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2006年 1月 2月  欠  欠  5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2007年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月  10月 11月
2008年 1月  2月 3月 4月 5月